816.調達部隊(ウラネプ)
 何とか立ち上がっていたけれど、風の音すら聴こえない景色に、どうして膝を笑わせてまで立っていなければいけないのか分からなくなり、私は身を横たえた。無数の屍と共に、能天気に晴れた空を見上げる。先程までの朱色の惨劇が嘘のような青に、何故だか急に空腹を感じた。
 戦うことを運命付けられて生まれてきたのに、どうして空腹なんて感じるのかしら。どうせなら、敵からエナジィを吸い取る能力でも宿してくれればよかったのに。
 広げていた手を動かし、手に触れるものを掲げてみる。掴みあげたのは血に染まった誰かの腕だった。滴る血が、口の端を塗らす。舌を伸ばし舐めてみたけれど、広がった血の味に顔をしかめただけだった。
 苛立ちに肉片を投げ飛ばす余力もなく、ただ、自分の隣へと落とす。
 そういえば、城に余り食料が残っていなかった気がするわ。
 大規模な戦闘が始まると、いつも月からの物資の調達は止まる。調達部隊が派遣されたところで戦闘中は応対なんて出来ないし、部隊が追撃されてしまうなんてことにもなりかねないからだ。
 敵を撃退したとの連絡が月へ行ってから部隊が海王星(この星)に辿り着くまで、それなりの時間がかかる。彼らは私たち戦士と違ってセーラーテレポートを使えない。だからといって、戦士にそんな雑用をさせるわけにもいかない。
「おなかすいたわ」
 呟いたところで食べ物が降ってくるわけでもない。それでも虚しさしか返ってこないと分かっていても、何もない空に呟かずにはいられなかった。
 今頃、あの人は何をしているのかしら。
 いつだったか城を訪れた時、庭先で土いじりをしていた姿を思い出す。使命のことしか頭にないと思っていたので、そんな趣味があることに私は驚いたけれど、彼女からするとそれは趣味ではないようだった。
 もし物資の供給が遅れたり途絶えたりした時、それでも自分たちはあの星を守るために戦わなくてはならない。空腹で力を出し切れなず負けるなんて屈辱はゴメンだ。もちろん、餓死なんてもってのほか。だから最低限の食料だけは自分で何とか出来るようにしているんだ、と。土のついた頬を緩ませ、私に語っていた。確か、隣には薬草も育てていたような気がする。
 あの時、私は何処までも使命に縛られた彼女の考え方に呆れ返ってしまったけれど。少しは見習っておけばよかったのかもしれない。そう思ったところで、今から何かを育てても、実がなる頃には私は餓死しているだろう。その前に調達部隊が来てくれるとは思うのだけれど。
「おなか、すいたわ」
「だと思った」
 声と共に視界が陰る。目を凝らすと、見上げていた空よりももっと深い青色と目が合った。
「ウラヌス。どうして」
「ピクニックさ」
 無駄なものなんて置いていなかったあの城の、何処にそんなものがあったのか。彼女は私にバスケットを掲げて見せると、腕を強く引いて立ち上がらせた。まだ体力の回復していない私は当然彼女の肩へともたれたけれど、予想していたのか彼女がそれに動じることはなかった。
「随分と倒したな」
「どうしても、引いてくれなかったの。だから、止むを得ず」
「よくやった」
 言葉だけなら残酷なのに。とても優しい表情でいうから、私はなんだか嬉しくなってしまった。彼女の目を見つめていることが恥ずかしく俯くと、舞い上がった自分を突き落とすような赤色がそこには広がっていた。
「どうして、こんな時なのにお腹が空くのかしら」
「それだけ力を使ったってことだろ。ここで食べるのもなんだから、とりあえず君の城へ行こう」
 そういう意味ではないのだけれど。歩き出した彼女に反論するタイミングを失った私は、ただただ前を向いて機械的に足を踏み出した。
 バスケットからは果実の甘い香りが、血の匂いを誤魔化そうとするかのように、この地に広がり始めていた。
(2012/02/08)
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