825.可惜夜(ウラみち)
「たまには普通のデートもいいな」
「えっ?」
「こういうのも、確かに魅力的だが」
 そういってニヤリと笑うと、まだ湿っている私の入り口を指でなぞった。月明かりの元で艶かしく光る指先を、見せ付けるようにゆっくりと舐めあげていく。
 その仕草に体が再び熱を持ち始めるから。目をそらすと、恥ずかしいのか、と笑われた。
 違うわ。返そうとしたけれど、理由を告げることに躊躇いを感じ、何も返せない。それこそ、どうして今更恥ずかしがる必要があるのだろう。ついさっきまで、この人の指が欲しいと何度もねだっていたのに。
「ネプチューンはアレ、乗れるのか?」
 体を起こし、窓の外を真っ直ぐに示す指。その先が今度は彼女自身の唾液で僅かに光っていることに気を取られそうになったけれど、どうにか平静を保って視線を外へと向けた。
「なあに?」
「そこからじゃ見えないか。車だよ、車。あいつが乗ってるやつさ」
 あいつという言葉に思い浮かべた顔が目の前の人と同じものである事実に、胸が重苦しくなる。けれど彼女にそれを悟られるわけにはいかないから、体を起こすとアスリートであったことを思わせる背中を抱きしめた。毛布から出ていたのはほんの僅かな時間なのに、触れた肌はもう冷え始めている。
「バイクでもいいけど。運転、出来るかい?」
「出来ないわ。だってまだ免許を取れる年齢じゃないもの」
「けど」
「はるかは特別なのよ」
 はるか。呟いてその体を強く抱きしめる。けれど、回した手に触れているのはその人じゃない。温もりも感触も同じなのに。指先の走らせ方は似ても似つかない。
「器用な君のことだ。見てるんだからきっと乗れるさ」
「乗れないわ。乗れないの」
「ネプチューン?」
 乗りたくないのよ。
 運転ははるかの役目だとそう決めているから。例え18歳になったとしても私は免許を取る気はない。はるかには身分証明書がわりにも持っておいたほうがいいと言われてはいるけれど。
「仕方がない、か」
「ウラヌス?」
「僕が運転する。大丈夫、この体はあいつのものだ。後は体に染み付いた経験に聞くさ」
「駄目よ!」
 反射的に声が上がる。驚く彼女の背中に縋り、再び駄目と呟く。駄目なの。呼吸を整えながら、落ち着かせる呪文でもあるかのように駄目を繰り返す。
「事故なんか起こさないさ。それに。仮に何かがあったとしても、僕はまた転生」
「そういうことじゃないわ」
 勿論、事故でも起こしてはるかが死んでしまうなんてこと、例えかすり傷だって遭ってはならないことだけれど。
 あそこは、聖域だから。
「離してくれないか?」
「ウラヌス」
「少し、歩こうか」
「これから?」
「寄り添っていれば、温かいさ」
 私の手を取り、導くようにベッドから下りる。背筋を伸ばした彼女の視線の先には、金色の光を放つ放つ星が我が物顔で夜空を占領していた。熱い視線に、胸が焦れる。
「ねぇ」
 繋いだままの手を引き、唇を重ねる。見つめあう瞳の中に自分の顔を確認し、肩に額を寄せた。馬鹿馬鹿しい安堵に包まれていると、肩を強く掴まれ引き剥がされた。
「駄目だ、ネプチューン」
「ウラヌス?」
「このままじゃ、ベッドに逆戻りになる」
 もしかしたら不安げな表情になっていたのかもしれない。彼女は苦笑混じりに言うと、ベッドから滑り落ちていた服を身に付け始めた。私もそれに倣う。
「でもどうして、急にデートだなんて」
 いつもなら、数時間でいなくなってしまうのに。
「別に。まぁ強いてあげるなら、月が綺麗だから、かな」
「月が?」
「勿体無いだろ、こんなに明るいのに」
「そう。そうよね」
 一瞬、言葉の裏に隠れた文学的な意味にどきりとしたけれど、考えてみれば彼女がそれを知っているはずはない。
「どうした?」
「なんでもないわ。時間切れになる前に早く行きましょう」
 頭を振り、彼女の腕に自分の腕を滑らせる。はるかにしているように頬を寄せようとしたけれど、その前に彼女が動き出してしまった。僅かに引かれるようにして、私も歩き出す。
 こんな違いが幾度となく私の中に澱を溜めていっているのに、それでもまだこの夜を惜しんでしまうのは罪なのかもしれない、と。今更のように思っては、違いを確かめるように指先を絡めた。
(2012/02/22)
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