847.連戦連敗(蔵飛)
 また、負けた。
 重ねた唇から伝わる熱に、吐息に見せかけた溜息を吐く。目の端でPCを確認すると、もうそれは静かな眠りについていた。
「蔵馬」
「……分かってますよ」
 目を潤ませ、オレを求める。何処まで意識してやっているのか分からないが、どうしてもその誘惑に勝つことが出来ない。
 明日、早く起きて残りの仕事を片付けないと。
 残業してくれば邪魔をされることはないのだろうが、オレもバカだからどうしても、彼が訪れることを期待して早めに帰宅してしまう。その結果がこれなのだから、連戦連敗とはいえ、殆ど自滅に近い。
「まだ仕事のことを考えているのか?」
 ただ触れているだけの指先。望む動きではないことに、彼はオレの髪を強く掴んだ。引き寄せ、強引に唇を重ねてくる。それを受けながら、本当の戦いはこれからで、それも結局彼の体に溺れてしまうオレの負けなのだろうことを思った。

***

 また、負けた。
 PCに向かう蔵馬を見ながら、奥歯を強く噛み締める。ここの所、蔵馬は家で仕事をしている。俺がいてもそれは同じ。
 会社とやらに行く前は俺にその気がなかったとしても、何度でも抱きついてきたのだが。今は。
「おい」
「はい?」
「俺を見ろ」
 蔵馬の背中に、苛立ちの声を投げつける。それでも俺を振り返るまでに時間がかかるから、腹が立つ。
「なんですか?」
 問いかける蔵馬の正面に立ち、口づけを交わす。それは俺の敗北を示すものであったが、この際仕方がない。
 長い髪の合間をぬって、うなじを掴む。深く舌を絡め、蔵馬の頭の中から仕事の文字を吸い出す。
「蔵馬」
「……分かってますよ」
 分かってない。そう思いながらも、蔵馬の手を引きベッドへと横たわる。本当の戦いはこれからだ。
 だが蔵馬の中から仕事の文字を追い出すよりも先に、与えられる快楽に溺れてしまう俺は、また今日も負けてしまうのだろうことは分かりきっていた。
(2011/07/20)
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送