853.thinking time(はるみち)
 目を瞑り、天を仰ぐ。呼吸をととのえていると、後方に気配を感じた。思い出し、視線を向ける。
「みちる。無事……じゃないか」
「生きているわ。それだけで充分よ」
 体中に切り傷を負いながらも、彼女は笑顔を見せた。かくいう僕も、彼女と同様体中に傷を負い、左腕は感覚がない。
「貴女の方が心配だわ」
「変身を解けば、粗方治るさ」
 眉を寄せた彼女に、今度は僕が笑顔を作る。変身を解くと、左腕はまだ重いものの、切り傷たち痕跡すら消え失せた。遅れて変身を解いた彼女も、それは同じ。
 星の加護に感謝するのはこういうときだ。出来ることなら、僕に向けられる分も、彼女を護って欲しいと思うけれど。
 いいや、そうじゃない。僕が彼女を護らなくちゃいけないんだ。本来なら。今はまだ、自分のことで精一杯なのが酷く口惜しい。
「はるか?」
 不安げに覗き込む距離の近さに、僅かに身を引くと、なんでもないと首を振った。納得のいかない表情で、それでも頷いてくれる彼女の手を取りながら、思う。
「君は、もう少し思慮深い人だと思ってたけど」
「えっ?」
「今日だって、僕の言うままに頷くんじゃなく、君なりの戦い方をしていればこんなに傷つかなかったかもしれないのに」
 彼女はいつだって、経験の浅い僕の言葉に間髪入れずに頷く。そのせいで、彼女は傷を負ってしまう。それなのに。
 考える時間なら、あったはずだ。いや、彼女程の頭脳があれば、時間なんてさほど必要ないだろう。だからといって、充分に検討した上で頷いているとは思えない。
「何があっても貴女についてゆく。それが私の意志よ。だからいいの」
「けど。そのせいで君は傷を……」
「私の何処に傷があるというの?」
 繋がっていない手を広げると、彼女はしたり顔で微笑んだ。変身を解いて戦士から少女へと戻ってしまった彼女の体には、なるほど傷一つついていない。
 それでも、戦闘中に傷を負っていたことは確かだ。
「貴女だけに痛みを負わせない。例え全く同じではなくても。貴女と同じ痛みを、私は感じたいの。だってそれが、貴女をこの道へと巻き込んでしまった私の」
「みちる」
 それ以上の言葉を遮り、溜息を吐く。下ろされた彼女の左手に触れ、正面からその目を見つめた。
「僕は君を助けたい。それが僕の意思だ。だからいいんだ。僕はあの時、自分でロッドを手にしたんだから」
 彼女の言葉を借りることで、反論を防ぐと、僕は出来る限り優しく微笑んだ。
 あの時の僕には、考える時間はあった。けれど、その時まで考えることを放棄していた。だから、結局は僕も、彼女をとやかく言えないのかもしれない。
「はるか」
「帰ろう。自分で言い出しといてなんだけど、僕の決断も、君の判断も、もう過去なんだ。それよりも、僕らにはやらなきゃらないことがある。……未来のために」
「ええ。そうね」
 頷いた彼女の左手を離し、右手には自分の指をしっかりと絡める。また間髪いれずに頷いたな、と。内心で苦笑しながら。
(2011/06/24)
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