866.この道の行き先(ウラみち)
 海から昇る月。青白い光が海面に照らし出す、一本の歪んだ道。
「この光の道を辿れば、あの月に行けるかな」
 私の手を強く握り、浮かび上がる満月に向かって呟く。そう、それはただの呟き。私に向けた言葉ではない。
 けれど、余りにもその目が優しげだったから。
「今あの月へ行ったとしても、貴女の知っている風景は何処にもないわ。あるのは争いの残骸よ」
 自分でも驚くほどの冷たい声。こんな言い方をするつもりはなかったのに。
「知ってるさ。でも僕たちはあの月が滅んでもずっと、護り続けてきたんだ。今だって」
「今は」
「この地球が、あの頃の月世界のようになればいいと願って戦ってる。だろ」
「それは」
 違うわ。私は、貴女と。ううん、天王はるかといる世界を、護っているだけ。
 普段なら迷うことなく口にしているセリフを飲みこみ、彼女の肩に頬を寄せる。私の手からすり抜けた手は肩に触れ、強く抱き寄せられた。
 触れ合う肌。伝わってくる温もりは一体『誰』のものなのだろう。
「大丈夫。今度こそ、君の未来は僕が護る」
 剥き出しの肩を掴む指先が、皮膚に食い込んでいく。強い決意。それは分かるけれど、私を見ていない瞳には淋しか思えない。
「ウラヌス」
 手を伸ばし、頬に触れる。滑らせ、軽く顎を掴むと、ようやく彼女は私へと視線を向けた。
「今度こそ。護り抜く」
 私を見ているのに、映しているのは私じゃない。そのことに彼女は気づいていないことが悔しい。私は、誰かじゃなく、貴女を観ているのに。
 もう慣れたはずなのに、つきりと胸が痛む。そういえば。はるかも時々、私じゃない誰かを見ていることがあった。それは、彼女が見ている人とは違う誰かだけれど。
「どうして」
「え?」
「ウラヌス……」
 背伸びをし、口付けを交わす。私の中にいるはずの誰かにも分かるように深く、いつまでも照らし続けるあの月に見せ付けるように濃密に。総ての道筋を閉鎖して。もう、何も。目の前のことしか考えられないほどに――。
(2012/05/05)
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