874.食後の一服(不二榊)
「いい加減、止めてもらえません」
 カラカラと開け放たれたガラス窓。振り返ると、洗い物をしているはずの彼が立っていた。都会での月光は室内蛍光灯より弱く、その表情は逆光になって窺えない。
「別に君の前で吸ってはいないのだから、構わないだろう」
「僕との食事が窮屈だと暗に言われているようで、嫌なんです」
 ベランダ用のサンダルは一足しかないため、裸足で隣に並んだ彼は私の手から煙草を奪うと自分の口の中へと導いた。殆ど濃さを変えていない煙が、薄く開いた唇からゆっくりと吐き出される。
「口直し」
 左手で私の胸倉を掴み、唇を合わせる。割り込んでくる舌に自分のそれを重ね、甘さを堪能する。
「にもなりませんね。苦い」
「私は充分甘かったが」
「僕が甘くなくちゃ意味がありませんよ」
 シャツに皺をつけていた左手が滑り、胸ポケットから携帯灰皿を抜き取られる。制止する間もなく、未だ長い煙草がその中へと消えていった。
「口寂しいなら、僕が幾らでもキスをしてあげます。ストレスが溜まったのなら、僕が吐き出させてあげます」
 ようやく空になった彼の右手が、私の腿を遡り、誘うように股間を撫であげる。
「けど。もし一人になるための口実なら」
「私は君に飽いたことはない。ただの中毒だ」
「それなら、僕に中毒になってください」
「もうなっている」
「けど、ニコチンには負けた」
「悪かった」
 いつまでも刺激を止めない彼の手を掴み、抱きしめる。身悶える彼に、僅かに隙間を作ると私たちはもう一度唇を重ね合わせた。彼の眉間に、僅かに皺が寄る。
「歯、磨いてきてください。続きはそれからです」
「なら、その間に君は洗い物を済ませてしまいなさい。まだ途中だろう」
「バレてましたか」
 ペロリと出した舌に吸い付きたくなる衝動を抑え、微笑む。見抜かれていたのかもしれない。彼はそれまでの無邪気さから一転して妖艶な流し目を送ると、一足先に部屋へと戻っていった。
 柵に背をつけ、薄く光る月を見上げる。口を尖らせて吐き出した息は白く、まるで煙草の煙のように舞い上がっては消えていった。
(2011/12/17)
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