901.場数を踏む(蔵飛)
「もう少し、場数を踏んだ方がいいんじゃないですか?」
 霊界へ盗みに入る計画も細かい詰めに入ったとき、突然蔵馬が言い出した。睨みつけるように顔を上げると、柔らかい声とは裏腹の厳しい目と視線が交叉する。
「怖気づいたか?」
「そうじゃない。あなたの計画はどうしても盗みに慣れているもののそれとは思えません。気づいていないかもしれませんが、それとなくオレが助言することで、あなたが最初に立てた計画からは全く違うものになってるんですよ」
「何だと?」
 言われて、計画表と屋敷の見取り図を見比べる。言われてみれば、段取りも、ルートでさえも、俺が当初考えていたものは欠片ほどにしか残っていない。
「貴様……」
「捕まりたくないだけです。オレは、あんなところで捕まるわけには行かない」
「これはお前の立てた計画だ。もし何かあった時は、俺はお前を囮にするぜ」
「好きにすればいい」
 落ち着き払った声。それだけこの計画に自信があると言うことなのだろうか。自分が囮になるような事態には陥らないと。
「ただ、オレの計画には素早さだけではなく、辛抱強さも必要だ。力は必要ない。逆に、あそこでは僅かでも妖気を漂わせれば見つかってしまう。あなたにそれが出来るかどうかが心配なんです。あなたが呼んできたもう一人の協力者にも」
「アイツには人間界と霊界の境で待機していてもらう。俺達が幽体から実体に戻るまで、宝を預けて」
「逃げられる心配は?」
「アイツは単純だからな。俺との力の差ぐらい分かっている。ただ、実体はアイツに見つからない場所に隠しておく必要はあるが」
「そうか。オレ達二人だけなら、もう少し時間を短縮するように計画を変更してもいいかもしれないな……」
 うざったいほどに伸びた髪を耳にかけ、変わらず厳しい眼差しで見取り図を眺める。紙の上を滑る長い指。ルートを描き出すそれを眺めていると、何かに気づいたように手が止まった。
「飛影」
「何だ?」
「……いえ」
 含んだように微笑う。見取り図に視線を戻すと、もうそこに見るべきものはなかった。首筋に温もりを感じ、顔を上げる。
「なん、だ?」
 先程までとは違う色をした、厳しい目。何を考えているのか読み取ることが出来ない。そのことが、恐ろしい、と思った。
 恐ろしい? 馬鹿馬鹿しい。確かにコイツは昔魔界で怖れられていたのかもしれないが、今は俺よりも力が劣っている。その、はずだ。
「いいえ」
 俺の恐怖を見て取ったのかは知らないが、癇に障る笑みを見せると、ゆっくりと手を離した。その指に、何故か視線が向かう。
「先程も言いましたが、あなたが盗みに慣れているとはどうしても思えない。盗賊と言っても様々だ。恐らく、あなたは力で相手から宝を奪っていたんでしょう。逆にオレは頭で宝を奪ってきた。あなたが魔界でどれだけの盗みを働いたかは知らないけれど、オレのやり方に関しては経験が浅い。違いますか? あなたが強いのは分かっています。素早さもある。ただ」
「確かに、妖気を使わず、コソコソと盗みに入るような真似はしたことがないな」
「リハーサルなんて馬鹿馬鹿しくてできませんか? だとしたら、一つだけ約束してください」
 皮肉った言い方をしたにも関わらず、蔵馬は穏やかな口調を保っていた。立てた小指が、目の前に差し出される。
「何だ?」
「誓いの証です。小指を絡めて」
 いつ裏切るとも知れない関係。こんな誓いを交わしたところで、守るとも限らないのに。
「どんなに焦れたとしても、決して早まった行動をしないこと。いいですね。……そしてオレ達は、なんとしてでもあの宝を手に入れる」
 口調から優しさが消える。蔵馬の目は何か強い決意を秘めたように鋭くなり、自分の小指を見つめている。
 コイツが何を企んでいるのかは分からない。だが、いざとなれば殺せばいい。それだけの力の差はある。計画を知らずすりかえられていたことは癪だが、確かにこの方が確実性がありそうだ。
「分かった。約束する」
 せいぜい利用させてもらおう。
 内心で呟いて、小指を伸ばす。途端、蔵馬は安心したように破顔した。軽く触れただけの小指を、強く絡ませてくる。
「おい」
「じゃあ、予定を少し早めましょう」
 抗議の声に構わず、蔵馬は指を解くと計画表を眺め出した。離れた指はもう紙の上を這うことはなく、テーブルの上に軽く置かれている。
(20011/08/23)
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