907.未知との遭遇(蔵飛)
「怖いですか?」
 無造作に投げられた服。外気に晒された肌を指でなぞりながら、蔵馬は聞いた。
「何がだ?」
「知らないことを、知ることが」
「……ふん」
 男に抱かれるのはコレが初めてではない。弱い妖怪が魔界で生き抜くためには幾つかの屈辱的な選択肢があり、目的を達成出来ていない俺は死よりもその一つを選んでいた。
 だから恐怖を覚える必要など、何処にもない。
「オレは怖いよ」
「何百年も生きている妖怪が、今更何を怖がる?」
「自分の知らない一面を知ることは、とても怖いよ。それが無視できない事実であるのなら、尚更」
「何の話をしてっ」
 言葉の続きを唇で塞がれ、思わず体をビクつかせた。深く進入してくる舌に、何故か手が震え出す。誤魔化すように背にしがみつくと、蔵馬はようやく唇を離した。
「まだ予感でしかないんだ。今なら、勘違いだったと思いこむことも出来る。けど、この先に進んだら。オレは認めざるを得ない。そして、それはきっと一生、オレに付き纏う」
「だから何の話だ?」
「自分の中に、醜いまでの愛情が存在することを知るのは、とても怖いことだよ」
 だからと言って、今更、もう遅いんですけどね。諦めたように言い、力なく微笑うと、蔵馬は再び俺に触れた。
 愛情。その言葉の響きに、蔵馬の背に置いたままの手がまた震え出す。
 怖れているのだろうか、俺も。この先にある何かに。もしかしたら、愛情とやらかもしれないものに。
「飛影?」
「うるさい。やるならさっさとやれ」
 馬鹿馬鹿しい。俺にそんなものあるはずがない。これはただの戯れだ。
 余計な考えを移すように、自ら蔵馬に口づける。手の震えは未だに消えない。だがそれもいずれ気にならなくなるだろう。
 探るようだった蔵馬の手は、今や確信を持って俺の体に触れはじめていた。
(2011/06/29)
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