913.交差点(蔵飛) |
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信号が変わるのを待っていると、突然隣で、くっ、と喉の奥で笑う声が聞こえた。 「飛影。いつから」 「今だ」 人混みの中に姿を現すことなど滅多にしない飛影は、何が可笑しいのか口の端を吊り上げ、オレを見上げている。 「考え事か?」 「まさかあなたがこんな所に姿を現すなんて思っていなかっただけです」 「そうじゃない」 彼の気配に気付かなかったことを笑っているのだろうと思ったが、彼は笑みを止めると歩き出した。見ると信号が青に変わった所だった。 彼の後頭部を見つめながら、横断歩道を渡りきる。瞬間、何故か懐かしいという想いが頭を過ぎった。 なんだ、今のは。 その原因が自分の背後にある気がして、足を止め、振り返る。 「蔵馬」 しかし、何も視界に留めることなく、オレの視線は引き戻された。 「そんな引っ張らなくても。呼んでくれれば、オレはいつだってあなたを優先しますよ」 彼の手を解かせ、引っ張られていた髪を耳にかける。 「知り合いでもいたか?」 「いえ、別に。そういうわけではなくて。ただ、何となく懐かしい気がして」 「……懐かしい気が」 何かを思うようにオレの言葉をなぞると、彼はまた笑った。今までとは違う、何処か皮肉を込めたような笑み。 「飛影。さっきから、何なんですか。ニヤニヤと。不気味ですよ」 「……喜多嶋」 「え?」 「俺はお前にそれを教えてやる義理はない」 聞き返したオレに、彼はそれだけを言うと、止めていた歩みを再開させた。オレはまた、彼の後頭部を見ながら歩く。 喜多嶋。彼女が、今の人波の中にいたというのだろうか。交差点の、向こう側に。オレは気づかず、彼女も気づくことなく、すれ違った。 気づいていたのは、飛影だけ。それも、恐らくはオレ達が道路を挟んで向かい合うそのずっと前から。 心配で様子を見に来た? 邪魔をしに? オレは、彼に気を取られていなかったら、彼女に気づいた? どうだろう。例え気づいたとしても、それだけだ。動く感情などありはしない。 「随分と、心配性なんですね」 用が済んだのにオレの前から消えることなく、向かってくる人の間を歩きづらそうに進む彼の後ろ姿に、思わず笑みが零れる。 「何をニヤついている。不気味だぞ」 突然振り返った彼が、誰かの言葉を真似して言う。だがオレは、彼に与えるヒントなんて持ち合わせていないから。 「なんでもありません。さ、帰りましょう」 彼の隣に並ぶと、もう一度、今度はしたり顔で笑った。 |
(2011/08/07) |
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