921.飼い主は躾をしっかりと(蔵飛&ムクロ)
 突然ムクロが現れた。いや、突然と言うのも可笑しいか。彼女の妖気は、人間界に入った瞬間からオレの元へと届いた。その傍らの、微かな妖気も。
「邪魔をする」
 彼と同じように窓から入ってきた彼女は、土足のままベッドへと近づくと、そこに担いできたものを投げ下ろした。小さなうめき声が聞こえ、シーツが赤く染まっていく。
「ちょっと」
「飼い主なら、しつけぐらいちゃんとしておけ」
 彼女の話によると、理由もなく喧嘩を吹っかけてきたらしい。丁度彼女も退屈をしていたところだからと相手をし、気が済んだので治療をしてやろうとしたら、拒まれた。だがそれはいつものことだった。彼は意識のあるうちは彼女の治療を受けようとしない。どんな怪我でも、必ずオレの元に来る。
 だが今回は違った。彼はオレの元へ向かおうとはしなかった。百足の中にあてがわれた彼の部屋で、ただずっとうずくまっていたという。
「喧嘩でもしたのか?」
「喧嘩、と、言えば、そうかもしれませんが」
「兎に角だ。たまたま俺が暇だったからいいが、いちいち八つ当たりをされるのは癪だ。それと、百足の中を血で汚されるのも御免だ」
 それならば相手などしなければいいし、血の出ない痛めつけ方もあるだろう。そうは思ったけれど、オレはただ頷いた。反論しなかったことに、彼女が満足げに口の端を吊り上げる。
「ならいい。俺は帰る。次にこっちに来る時は、土産の一つでも持って来い」
 窓枠に手を掛けていい、返事を待たずに去ってゆく。その姿は、彼と同じで。親子のようだと思った。
「……飛影。ごめんね」
 些細なことだ。彼に出張を知らせなかった。お陰で彼は、一晩中邪眼でオレを探す羽目になった。その事を、本当は謝るべきだったのに、嬉しくてつい茶化してしまった。
「でも、嬉しかったのは本当なんですよ。あなたは滅多に好きだなんて言ってくれないから。そういう行動から、気持ちを汲み取るしかないんです」
 鎮痛剤を口移しで彼に飲ませ、服を脱がせる。放っておいた傷は化膿し始めていて、流石の彼でもすぐに回復しそうにはなかった。けれど。
 丁度いいか。オレも明日から盆休みだし。
「淋しい想いをさせた分、一週間、オレがずっと看病していて上げますよ」
(2011/08/09)
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