956.復習が足りない(蔵飛)
「またムクロと喧嘩ですか。よく飽きませんね。それとも、学習能力がないんですかね」
 無防備な体を撫でながら、無数の傷に溜息を吐く。
 前回治療したのは3日前だ。彼の回復力とオレの薬草を持ってしても、まだ幾つかの傷痕は残っている。
 折角時雨に切られた腕と腹を治療する時に、その他の傷痕も総て消してもらったと言うのに、これじゃあ意味がない。
「死んでいないのだから、構わないだろう」
「傷痕、あまり舌触りが良くないんから好きじゃないんです」
 固まった血液を溶かすように、彼の肩に舌を這わせる。広がる鉄の味に笑うと、変態が、と彼が零した。そうですよ。次の傷口を舐めながら返す。
「貴様が手合わせをしてくれるなら、ムクロと喧嘩をしなくてすむんだがな」
「ウサ晴らしに喧嘩吹っかけてるんですか?」
「俺からじゃない」
「けど」
「うるさい。さっさと治療しろ」
 うるさいとあしらうときは大抵自分の分が悪いときだ。だからと言ってそこに付け込むと、彼は余計にへそを曲げてしまうから。はいはい、と苦笑いしながら頷くとオレは薬草を塗り始めた。
 それでも、どうして分が悪くなったのかを考えるのは諦めない。
「何だ?」
「いいえ。はい、終わりましたよ」
「ふん。無駄話などしなければとっと終わるものを」
 包帯の締め付けを僅かに緩めるように筋肉を動かし、服を身にまとう。昔なら、そのまま部屋を出て行ってしまうのだが、いつからか彼は夜明けまで居座るようになっていた。居座る、なんていうと語弊があるのかもしれないが。
「じゃあオレ、夕飯作ってきますから。大人しくしていてくださいね」
 このまま、一晩といわずずっと人間界にいればいいのに。
 雪菜ちゃんを見つけた今、彼が人間界に留まる理由はないけれど、泪涙石を取り戻した今、魔界に帰る理由もない。
 ああ、そうか。
「魔界に帰る理由は、オレが代われるということか」
 だから、オレと手合わせなんてこと。
 導き出した答えに、思わず笑いが漏れてしまう。けれど、これを聞かれると彼がまた機嫌をそこねてしまうだろうから、オレは唇を噛み締めながらフライパンを火にかけた。
(2012/01/25)
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