982.ショコラの光沢(外部ファミリー) |
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最近、私がリハーサル出家を空けているのをいいことに、はるかとせつなは二人で何処かへ出かけているらしい。 それが何処なのか、私には検討がつかない。ほたるに訊いてみても何も知らないと言う。ただ、帰って来た二人からは甘い匂いがするのだと。 甘い匂い。それが何かの比喩なのか、それとも本当にそんな匂いがするのか、私には分からない。それを深く問うには小さなプライドが邪魔をしている。 一体、二人はどんなつもりで出かけているのだろう。 確かに私たちは家族なのだから、出かけていたところで不思議ではないのだけれど、毎日となると話が違ってくる。しかも、私はその事実を知らないことになっている。 でも、気づかれていないなんて本当に思っているのかしら。せつなは兎も角、はるかなら。私がどんなに忙しくとも、気づくだろうことは容易に想像がつくはずなのに。 それとも、こうして不信を抱く私を思って、二人で笑い合っているのかしら。 「もう、何でこんな日にコンサートなんてあるのよっ」 タクシーから見えた玄関以外の明かりが消えたマイホームに向かって呟く。言葉は窓を曇らせ、一瞬だけ家を視界から消した。 バレンタインコンサート。そんな企画が持ち上がったのは去年の秋ごろだった。恋人達に愛の曲を聴かせようと、流行のポップスや歌謡曲をインストゥルメンタルアレンジにして演奏するというもので、当時様々な曲を弾くことが楽しかった私は、日取りも特に気にせずオーケィを出してしまっていた。 それがまさか、バレンタイン当日だったなんて。平日なのに、よくあれだけ人が集まったものだわ。 客層を観ると、年齢層はバラバラだったものの、思ったとおり二人組みが殆どだった。ポップスだけではなく歌謡曲もセットリストに取り入れていたので、若者から高齢者まで何とか寝かせずに聴かせることが出来ていたと思う。 なんて。振り返れば大満足のコンサートなのに、前を見ると暗い気持ちしか込み上げてこない。 打ち上げも早々に切り上げてきたと言うのに時刻は零時をゆうに回っている。 折角のバレンタインも、本当に愛を伝えたい人には何も伝えられなかったわね。零れるため息に、また視界が曇る。 手作りをする暇は勿論なかったし、既製品を買ってくるにしてもリハーサルの合間に選べるわけもない。だからといって、誰かにかわりに買ってきてもらうわけにもいかない。 結局、零時前に帰ったとしてもはるかに渡せるものは何も持っていないのだから、これでよかったのかもしれない。無理矢理に思考を上向かせ、背筋を伸ばす。タクシーから降りる時、運転手にハッピーバレンタインと声をかけられたけれど、曖昧に微笑むことしか出来なかった。 「ただいま」 みんな眠っているだろうと思い、小声で帰宅を告げる。 「おかえり、みちる」 「――えっ」 リビングのドアを開けると共に聴こえてきた声。慌てて電気をつけると、ソファにはるかとせつなが並んでいた。暗闇で、一体。 「君が帰ってくるまで暇だったから、ビデオ見てた。怖いやつ」 「はるかったら、私が嫌だといったのに、雰囲気が出るからって電気を消すんですよ? まったく」 近づくはるかがコートを脱がしていく。確かに目の前のテレビにはゾンビの姿が映っていたけれど、それは何が怖いのかと思う程にコミカルな動きをしていた。もしかしたらフェイクなのかもしれない。疑いたくはないのに、どいうしても二人の服装へと視線がいってしまう。大丈夫。乱れていないわ。 「みちる?」 「なんでもないわ。ただいま、はるか」 あらぬ妄想を振り払うように、はるかの胸へと飛び込む。いつもならリビングでこんなことをしていると怒鳴るせつなは、今日は珍しく何も言わなかった。違和感と共に、はるかのカラダから甘い香りが漂ってくる。 「はるか。その匂い」 「ああ。そうそう。……せつな」 怪訝そうな顔をしている私に気づかないはるかは、笑顔を見せると振り返ってせつなを呼んだ。私をソファへと導き、それまでせつながいた場所に座らせる。はるかは左隣に。せつなは、キッチンの奥へ。 「ねぇ、説明して」 「君のことだから、僕たちの動きには気づいてたと思う。不安にもさせただろう。でも、こればかりは教えるわけにはいかなかったんだ」 「ハッピーバレンタイン、みちる」 せつなの言葉に顔を上げると、目の前にチョコレートでコーティングされた小さなケーキが差し出された。どうしたのと目で問いかけると、せつなは少しだけ頬を赤くした。 「せつながさ、今年はどうしても自分でチョコレートケーキを作りたいっていうから、二人で特訓してたんだ。ほたるにも内緒にしたかったから、マコちゃんの家にお邪魔してね」 「それで、毎日……」 「ほたるが学校に行っている間に教えてもらうのが一番だったんだけど、マコちゃんにも学校があるからさ。驚いた?」 「ええ。でもどうして突然」 「みちるが今日、疲れて帰ってくるだろうことは分かっていましたので。そんなときは、甘いものが欲しくなるものでしょう?」 どうもそれだけが理由ではないような気がしたけれど、照れたように言うせつなに、私は素直に頷いた。 「ありがとう。早速戴くわ」 お皿に添えられていたフォークを手にとり、一口、食べてみる。両脇から視線を感じてとても食べにくかったけれど、普段なら甘ったるいと感じるほど甘かったけれど、今はすんなりと体に溶け込んでいった。 「美味しいわ。お店に出せそうなくらい」 「よかった」 喜ぶというより安堵すると表現した方が近い言葉を漏らすと、せつなは私に笑顔を残し、立ち上がった。 「せつな?」 「後は、二人で。私はさっきほたると食べましたので。おやすみなさい」 「おやすみ、せつな」 手を振るはるかに小さく手を振り返し、せつなは躊躇うことなくリビングを去っていってしまった。 「僕も一口食べたいな」 呆然とせつなの閉めた扉を眺めていた私の耳元で、はるかが囁く。不覚にも驚いて振り向くと、唇を奪われた。 「うん。ご馳走様」 「……あきれた」 「さて。僕はまだ寝るわけにはいかないから、コーヒーでも飲もうかな。少し、ブランデーでも入れて」 伸びをしながらはるかが立ち上がる。一気に両隣が不在になる淋しさに、思わずはるかの手を握ってしまった。 「何?」 「あ……。はるか、は。私に何も?」 「せつなのケーキと比べられたらたまらないからな。チョコは無理だけど、甘いものなら。この後で幾らでもあげるよ」 繋いだ手にキスを落とし、はるかが微笑う。 コンサートで疲れているの。言い返そうとしたけれど、せつなのくれた甘さが驚くほどの効果をもたらしていて、結局何も言えずにはるかの手を離した。 何だか上手く嵌められた気がするわ。 鼻歌交じりにコーヒーメイカーをセットするはるかに少しだけ悔しいと思ったけれど、ケーキの甘さに私の思考は早くもその後のことへと切り替わろうとしていた。 |
(2012/02/14) |
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