985.遺伝子に刻まれた記憶(はるみち)
 変身を解くと、面白いように膝から崩れた。自分の時もそうだったのだろう。予期した彼女が手を差し出したが、僅かな差で僕の膝は地に落ちた。受身を取ろうと伸ばした手には力が入らず、肩に土がつく。
「はるか」
「大丈夫」
 何とか体を裏返し、彼女を見上げる。けれど思いがけず覗いた光景に僕は視線をそらせた。誤魔化すように深呼吸をする。
「いや、この状況じゃ大丈夫とは言えないか。暫くはちょと、動けそうにないな。フルマラソンだってここまで疲れなかったぜ」
「まだ加減が出来ていないだけよ。あれだけの力を技にこめたら、幾ら戦闘に慣れた私だってそうなるわ」
「君も、最初の戦いの時は?」
「私は貴女と違って記憶が多く甦っていたから。ある程度は加減ができたわ」
 隣に座り、僕の頭を持ち上げて膝へと乗せる。その体勢が所謂膝枕だと言うことに気づくのに遅れたため、僕は拒否することが出来なかった。
 思わず、目だけで辺りを見回す。人通りの少ない森林公園。夕暮れ時であるせいもあり、耳を済ませても人の気配らしきものは感じられない。
「不思議だな。ウラヌスとしての記憶は殆ど甦っていないのに、体は戦い方を知ってる」
 重い両手を掲げてみる。木々の隙間から降る光で、それは朱く色づいて見えた。
 血のようだな。
 何故そう思ったのかは分からない。けれど、僕はほんの少しだけ、自分の両手が恐ろしいと思った。
「きっと、遺伝子が記憶しているのよ」
「え」
「前世の記憶は単なる切欠よ。自分が戦士であることを自覚するための」
 下ろそうとした僕の右手を掴み、頬にあてがう。それがまるで愛おしいものであるかのように、彼女は目を細めた。
 遺伝子の記憶。だとしたら、覚醒しなかったとしても僕は戦士だったということになる。受け入れるもなにも、初めから決められていたと。
「不満?」
 それは、それで構わない。戦士であることが逃れられない運命だったとしても。そのことが、僕と彼女を引き合わせたことになったのだとしても。
 ただ。
「僕が、いま君の隣にいるのは。遺伝子や前世の記憶のせいじゃない」
「えっ」
「僕の意思だ。こうして、君に触れているのも」
 彼女の手からすり抜け、改めて頬に触れる。まだ体を動かせそうにないから、僕はただ頬を緩めた。何かに、気づいたように。彼女の目が見開かれる。
「みちる」
「ありがとう」
 何に対しての言葉なのか、僕には分からない。けど。目の潤いを増した彼女から視線をそらすと、頬の熱を誤魔化すことが出来ればいいとただ一心に朱色の光を見つめていた。
(2012/05/21
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