986.無の境地(蔵飛)
 体の奥を貫く熱に必要以上に声を上げる。首に腕を回す自分を馬鹿だと思い、そう思うこと自体も馬鹿馬鹿しく思う。
 何も考えるな。ただ、与えられたものだけを感じていろ。そのための行為だ。
 言い聞かせれば言い聞かせるほど、無とは程遠くなっていく。

 もう何度、蔵馬に抱かれたか分からない。
 最初は無理矢理だった。次は治療と寝食の代金として。その後は、ただの性処理だ。

 俺は元々、雌の体に欲情はしない。だからといって雄に欲情するわけでもないが。誰かに欲情することが、ない。ただ時々、どうしようもない性衝動に駆られる。
 自分で慰めるのは馬鹿らしいし、そのために誰かを捕まえることは面倒だった。だから、今までは適当な相手と戦い妖気を使い果たすことでやり過ごしてきた。
 けれど、俺は強くなりすぎた。いいや、探せば俺よりも強い相手は五万といるのだが、広い魔界でめぐり合うことはそうそうないし、大抵相手が魔界の地形が変わることを嫌い戦闘を拒否してしまう。
 そんな時、蔵馬が俺を犯した。抵抗は、食事に盛られた薬のせいで出来なかった。
 後ろに突っ込まれることには慣れていた。ただそれを快感だと思ったことは、それまでなかった。の、だが。
 蔵馬との行為で、俺は何度も果てた。それは俺の衝動が溜まりに溜まっていたからでもあるが、恐らくは盛られた薬はただ体を痺れさせただけではなく、催淫効果もあったのだろう。
 行為の後、蔵馬は俺に愛しているなどといった。同時に、ごめん、とも。
 俺はその言葉には何も答えず、翌朝体の自由を取り戻すと共に、部屋を後にした。

 数ヵ月たち久しぶりに蔵馬の部屋を訪れると、近づく妖気で察していたのか、蔵馬は平然と俺を招きいれた。特に何を聞くわけでもなく、傷の手当てをする。普段と変わらない声、普段と変わらない笑顔。だが、不必要に俺に触れることはなくなっていた。
 疑わないんですね。食事を平らげた俺に呟く。それに腹が立ったから、あれは食事の礼だ、と言った。今日も礼をくれてやる、と。
 ベッドに乗り、服を脱ぐ。蔵馬が誘いを断らないだろうという確信はあった。だが、馬鹿みたいにただ俺を見つめているだけの蔵馬に、もしかしたらという気もしてきた。
 それならそれで構わない。だったら俺がコイツを犯すだけだ。
 実際にその時の俺は、どうしようもない性衝動というやつに駆られている真っ最中だった。だから体に傷をつけ、蔵馬の元を訪れた。
 分かりました。長い沈黙の後、溜息混じりに答えると、蔵馬はベッドに上がってきた。そして――。
 俺を抱きたいか。行為の後、呆けたように窓の外を眺めながら、それでも俺の髪に触れ続けている蔵馬に言った。
 抱きたいなら、これからも抱かせてやる。但し、俺が溜まった時にだがな。手を止めた蔵馬が何かを言い出す前に、言葉を連ねる。
 見つめた蔵馬の目は、一度俺を見た後で、何故か物憂げに逸れた。そんなにも俺を抱きたいのか。声には出さずに思い、笑った。
 分かりました。また、溜息の混ざった呟き。快諾するだろうと思っていただけに、そんな蔵馬の反応に苛立ったが、やはり俺は何も言わず服を身につけると部屋を後にした。

 それから、俺は頻繁に蔵馬の部屋を訪れるようになった。それまでは数ヶ月単位だったはずの衝動の周期が、目に見えて短くなっていた。
 出される食事に何か盛られているのだろうか。そう思ったが、それでも別に構わなかった。もう性衝動を抑える必要もないのだから。

 ただ、一つ、問題があった。いや、まだ問題にはなっていない。が、この先、確実に問題となるだろうことがあった。

「飛影」
 甘いと感じてしまう口付け。脳天まで付き抜けていく快楽に現実へ引き戻される。
「ああ、飛影っ」
 名前を呼ばれるたびに、心の作用で頬が上気していく。
 駄目だ。こいつの言葉を聞き入れるな。目的を忘れるな。快楽が俺の思考を引き戻すのなら、更なる快楽で思考の総てを覆ってしまえ。
 蔵馬の腰に足を絡め、体内で猛るものをきつく締め付ける。
 まだだ。まだ足りない。もっと。何も、目の前にいるのが誰なのか分からなくなるほどに。今にも零れてしまいそうな言葉を、消し去るほどに。
 もう、とっくに気づいているが、気づいたことを忘れるために。頭の中が真っ白になるまで、今日も俺は何度も強く蔵馬を求める。
(2011/10/18)
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