「君はもう少し、微笑った方がいいと思うよ」
突然視界を遮ったかと思うと、不二はオレの眉間の皺を手で伸ばした。
「構うな」
その手を払いのける。不二は溜息を吐くと、踵を地につけ、オレの隣に並んだ。
「だって。勿体無いよ。そんな綺麗な顔立ちしてるのにさ。微笑えば、きっともっともてるよ」
オレを見、微笑う。その顔は、オレなんかよりもずっと綺麗だと思う。
「別に。オレはもてたいとは思っていない。それにこれがオレの元の顔だ。作り物の笑顔で他人を引き寄せるなんて、詐欺だろう?」
「……面白いこと、言うんだね」
オレの言葉に、少し驚いたような表情をすると、不二は言った。その後で。何が可笑しいのか、声を上げて微笑い出した。
「オレも一つ言うが。お前はもう少し真面目な顔をした方がいいと思うぞ。そんな緩んだ顔では、説得力がない」
何の?と訊かれるかと思ったが、不二は微笑いを止めると、オレをじっと見つめてきた。蒼い眼に、オレが映る。急変した空気に、眼を逸らそうとしたが、何故かそれが出来なかった。
「確かに、詐欺かもしれないね」
蒼を細めながら、言う。
「……不二?」
「ねぇ、手塚。僕の笑顔が、本物だって、本気でそう信じてた?」
言いながら、いつもの笑顔になる。オレは何も言えずに。ただ、首を縦に振った。
「そう」
少しだけ淋しそうな声色で呟くと、不二はオレから眼を逸らした。そのことで金縛りから開放されたオレは、不二に気づかれないように深呼吸をした。
「……手塚。」
突然、名前を呼ばれ。体が揺れる。けれど、オレを見ていない不二はそれに気づいていないようだった。
「何だ?」
「………。」
「不二?」
訊き返すけど、返事はなく。そのまま暫く沈黙が続いた。
と。深呼吸をしたのだろう。不二の肩が大きく動いた。顔を上げ、今まで見たこともないような真剣な眼でオレを見つめる。
「好きだよ。」
「―――え?」
「手塚。君のことが、好きだよ」
「………。」
突然の告白に、オレは軽い混乱を覚えた。不二は、何を言っている?
どう答えていいか解からず、オレは黙って不二を見つめた。その眼が、細くなってくれることを願って。
けれど。いつまで経ってもそれは訪れてはこなくて。
「…冗談、だろう?」
やっとのことで口にした言葉は、自分でも最低だと思うような台詞だった。不二の口元に、歪んだ笑みが浮かぶ。
「やっぱり。信じてはくれない、か。君のアドバイス通り、真面目な顔をしてみたんだけど」
軽い口調で言う。不二の顔はいつの間にか、いつもの笑顔に戻っていた。
「この顔はフェイクだよ。これからは、君のアドバイスに従って、君の前でだけは本当の僕で居ることにするよ。真面目な僕で、ね」
オレの肩に手を置き、クスリと微笑うと、不二はそのままオレとは反対に歩き出した。引き止めようと、慌てて振り返る。
……引き止める?何も、伝える言葉を持っていないのに…?
「不二っ」
「撤回するよ」
オレの声に被るようにして言うと、不二は振り返った。
「君へのアドバイス。あれ、撤回するよ。君がこれ以上もてても困るしね」
言葉を切ると、不二は眼を開いた。蒼いそれが、再びオレを捉える。
「君の笑顔は、いつか僕が作り出してあげるから。それまで、他の誰にも見せちゃ駄目だよ」
真面目な顔と口調でそういうと、不二はオレに背を向け、そのままコートの外へと消えて行った。