「……俺の所なんか来て、楽しいか?」
 おれを見ずに、先輩は言った。突然話しかけられたから、一瞬、何を言ったのか理解らなかった。
 本を閉じ、体を起こす。
「楽しいと思います?」
 溜息混じりに言い、画面越しに先輩の顔を睨んだ。
「理解らないから、訊いてるんだがな」
 パチパチとキーを叩く速度を変えず、言葉を返した。その姿に、再び溜息を吐く。
「……楽しいわけないじゃないっすか」
 呟いて、ベッドに横になる。壁を見ると先輩の走り書きがあった。暫くそれを眺めていたが、次第に腹立たしくなってきたので、おれは仰向けになると眼を閉じた。
 相変わらず、パソコンをいじる音が聞こえてくる。
 ここんところ、オフつっても、先輩はデータ作りで会えなかったり、会えたとしても一緒にトレーニングしたりで。二人きりでゆっくり過ごす時間なんてなかった。
 けど、今日は。暫く大会もないし、それよりなにより、先輩はもう引退した。だから、休日にデータ作りをする必要も、練習メニューを考える必要もねぇ。
 そう思って。そう思ったから。今日、おれはこうして先輩の家を訪れた。なのに…。
「…何で、まだデータ作りなんかしてんだよ」
 眼を開けて、体を横にする。今度は壁の落書きなんかじゃなく、先輩の背中を見つめる。
「そんなことしてて、楽しいっスか?」
「楽しいよ」
 呟いただけなのに、先輩はご丁寧にも答えをよこした。しかも、即答で。
「引きこもり。」
「海堂よりは社交的だと思うけどな」
「………。」
 言葉の出ないおれを画面越しに見て、微笑う。それが気持ち悪ぃから、おれは体を反転させた。目の前には、落書き。溜息を吐が出る。
「何だ。そんなに構って欲しいのか?」
「っ!?」
 突然、近くで声がして、おれはそっちに顔を向けた。視界がぼやけるギリギリの近さに、先輩の顔。
「…と、つぜん、近づくんじゃねぇよ」
 その額を押し退け、体を起こす。先輩は口元だけで微笑うと、おれの隣に座った。顔を覗き込んでくる。
「つまらないんだったら、こなければいいだろ?」
「………いつ来ようが、おれの勝手っす」
「でも、突然来られても、こっちには準備ってものがあるんだよ」
 何の準備だ、と言いたくなったが、おれはその言葉を飲み込んだ。何だか、ここにいちゃいけねぇような気がしてきて。
「帰る」
 呟き、立ち上がる。立ち上がろうとした。だが、おれの左手は先輩にしっかりと捉まれてて。バランスを崩したおれは、先輩の方へと倒れちまった。
「……っ」
 見下ろすおれと、見上げる先輩。いつもとは違う位置関係に、妙な胸の高鳴りを覚える。
「どうした?帰るんじゃなかったのか?」
 そんなおれの気持ちを見透かすように、先輩がいやらしく微笑う。ムカつくから。
「帰りますよ。帰ればいいんだろ!」
 目の前で、有りっ丈の声で叫んでやった。だが、先輩はそれに動じずに、相変わらず笑みを浮かべてる。
「何を、そんなに怒っているんだ?」
「別に。怒ってなっ……」
 強引に引き寄せられたと思ったら、その口を、塞がれた。抵抗してやるつもりだったが、待ち望んでいた感覚に、おれはそのまま体を預けた。
 唇を離し、見詰め合う。と、何故だかおれは泣きたくなり、先輩の胸に顔を埋めた。瞬間、涙が溢れてくる。
「海堂?」
 異変に気づいた先輩が、おれを引っぺがす。恥ずかしいと思ったが、涙はそう簡単に止まってくれない。
「冗談だ。ちょっと悪ふざけが過ぎた。ちゃんと好きだよ。だから、泣くな。な?」
 急に優しい声になって、おれの頭を撫でるから。おれはますます涙が止まらなくなっちまった。漏れてきそうな嗚咽を堪えて、先輩を見つめる。
「………く………ちゃ、いけないっスか?」
「え?」
「理由もなく、突然来ちゃいけないっスか?おれは、いつでもアンタに会いたいのに…」
 まだ止まらない涙。先輩の返答が怖くて、おれはまた、先輩の胸に顔を押し付けた。
「……海堂。」
 肩を捉まれ、また引き剥がされる。何か否定の言葉が返ってくると思い、おれはきつく眼を瞑った。だが、代わりに来たのは、一瞬の温もり。
「先輩…?」
 見つめるおれに優しい笑みを見せると、先輩はもう一度おれにキスをした。





海堂がリョーマと化してる気がする(笑)
拗ねる海堂とうろたえる乾がいいネ。



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