「こまめに来てくれてるんだ。別に、花なんて持ってこなくてもいいぞ」
 花瓶の水を換え花を活ける僕に、彼は苦笑しながら言った。
「……僕も、そう思ったんだけどね」
 彼に聞こえないくらいの声で、呟く。
 この間、彼の見舞いに来たときに言われて、今日、僕は何も持ってこなかった。つもりだった。
「…いい子だよね」
「ん?」
「杏ちゃんの話」
 ロビーで僕を待ち伏せしていた彼女に、この花を渡された。1時間だけだよ、という言葉と共に。
 思い出して、苦笑する。
 全く。女の勘ってヤツなのだろうか。姉さんといい、彼女といい。僕と彼の関係を一体どこまで把握してるんだかね。
「何だ?杏のこと、気に入ったのか?」
 棚の上に花瓶を置きベッドの端に座る僕に、彼は少しだけ不服そうな声で言った。
「まさか」
 クスクスと微笑いながら、首を横に振る。それでも、彼はまだ納得の行かない顔で僕を見つめるから。
「別に。僕は君と義兄弟になりたい訳じゃない」
 彼の頬に触れ、唇を重ねた。
「僕は、君と恋人になりたいんだ」
 頬を撫で、クスリと微笑う。彼は僕の頭を押すと、小さく咳払いをした。
「『なりたい』んじゃなくて、既に『なっている』んだろ?」
 頬を赤く染めながら、言う。その発言に、少し驚いたけど。
「そうだね」
 僕は微笑って、彼にまたキスをした。視界の隅に、白く閉ざされた彼の足が映る。
「………棄権」
「ん?」
「棄権、すれば良かったのに」
 彼から指を離す。かわりに、引っかくようにして彼のギブスをなぞった。
「くすぐったい?」
「……そりゃ、少しはな」
 言いながらも、表情は全然平気そうで。
「そ。」
 呟くと、僕はベッドから降りた。立てかけてある椅子を広げ、そこに座る。
「切原赤也。」
 僕の口から出た名前に、彼の顔が一瞬にして険しくなった。睨みつけるような眼で僕を見る彼に、同じような眼で、見つめ返す。
「彼が危険だってことは、前に教えたはずだよ。それに、君だってプレー中に気づいたはずだ。何故、棄権という選択をしなかった?」
 ギリ、と。彼の歯軋りが聞こえてくるようだった。僕から眼を逸らし、手が白くなるまで強く拳を握る。
「……俺が棄権したら、そこで試合は終わっていた」
「でも。君が棄権しなくても、試合は終わった」
「それは結果論だ。あの時点ではまだ可能性は…」
「在ったの?」
「…………。」
「…………。」
「……結果は同じだったとしても、だ。俺は逃げ出すなんて真似はしない」
「逃げ出すわけじゃない。引き際を考えることも大切だって言ってるんだよ」
「だが。あの試合、あいつらの心には何かが残ったはずだ。それだけでも、あの試合、俺が無理した価値がある」
 僕の眼を見つめ、真っ直ぐに言う。その眼は、まるで何処かの部長のようで。思わず、溜息が出た。
「莫迦だよ」
「誰がっ」
「君も手塚も。莫迦だよ」
「…………。」
 腕を伸ばし、彼の拳に触れた。固く握られたそれを無理矢理に開き、指を絡める。
「手塚は…傷ついた越前を試合に出させたことがあるから。もともとそういう人なんだろうけど」
 その手を強く握り締め、彼を見据える。
「君は、違う。」
 僕の言葉に、彼は眉をしかめた。解せない、とでも言うように。小さく深呼吸をすると、僕は続けた。
「対山吹戦のとき。君は怪我をした神尾くんたちに、棄権するようにと言った。次があるから、と。その言葉に、彼らは救われたはずだ。それを今、君自身が偽りにしてどうするの?」
「………っそれは」
「彼らは今、あのとき君を棄権させなかったことをきっと後悔している。君たちに残されたチャンスを、それを、部長である君が潰す気かい?」
 僕を見ている、彼の眼が揺れる。幾ら平静を装っても、その眼と、うっすらと汗ばんだ掌は誤魔化せない。
「……あいつらなら」
「何?」
「あいつらなら、勝てるさ。俺がいなくても」
「心に、負の感情を抱いたままで?」
「…………。」
 俯き、固く口を閉ざす。気づいていない。僕の手に爪を立て、強く、握り締めていることに。
 溜息を吐き、彼の手に、空いている右手を乗せる。それで気がついたのか、彼は僕を見ると、力を緩めた。
「ごめん。こんなこと、言うつもりじゃなかったんだ。でも…」
「すまない」
 僕の言葉を遮るように、彼は呟いた。
 沈黙が、続く。小さな溜息。
 彼の手を強く握ると、僕は笑みを見せた。この話題は、もう終わりにしよう。過ぎたことは仕方がない。彼の敵は、僕が討つ。
「ま、悪いって思うなら、その怪我、早く治さないとね」
「……そう、だな。」
 彼の言葉にクスリと微笑い、立ち上がる。手を離そうとしたけど、彼が放してくれなくて。何かを訴えるような眼に苦笑すると、また座りなおした。だけど。話すことが見つからない。
 不図、頭を過ぎる、彼女のこと。
「そうだ。ちゃんと、杏ちゃんに感謝しないと駄目だよ?」
「杏に?」
「うん。君がいない代わりに、彼女が部活の雰囲気を作ってくれてるみたいだから。それと、あの花、本当は彼女が買ってきたんだよ。どこまで知ってるかは解からないけど、僕に色々気を使ってくれてるみたい。多分、僕がここにいる間、誰も君を訪ねてこないのも彼女のお陰だと思う」
「……そうか」
 呟くように言うと、彼は微笑った。
「不二?どうした?」
 見つめる僕の視線に気づいた彼が、僕の顔を覗き込んでくる。僕は彼に触れるだけの口づけをすると、笑みを見せた。
「お兄ちゃんの顔、してるなって思ってサ」
「……不二だって、弟のことを話してるときは兄の顔になっているぞ」
「そう?」
「何だ。気づいてなかったのか?」
「だって、そういうときって、普通は自分の顔見ないでしょ」
「……それもそうだな」
 当たり前の僕の言葉に、間の抜けた調子で頷くと、彼は今日初めての笑顔を見せてくれた。





不二橘と書いて「フジタチ」と読む。
……またしても、ロンリー…?
不二クンは杏ちゃん含めで、タッチーのことが好きみたい。
だからして、杏ちゃんは邪魔者にはなりませんね。したくないし。協力者の方向で。



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