「……じゃあ何で、裕太はテニスを続けてるの?」
 久々の帰宅。オレの部屋に無理やり踏み込んでの、兄貴の一言。
 兄貴が嫌いだと、出て行けと悪態を吐いていたオレの動きが止まる。それをいいことに、兄貴はオレの部屋の奥まで入り、ベッドに腰を下ろしやがった。その軋みで我に返ったオレは、慌てて兄貴の前に立つ。
「僕のこと、嫌いなんでしょう?」
「キライだ。顔も見たくねぇ。だから、早く出てけ」
 部屋から追い出そうと、兄貴の腕を掴む。と、兄貴は口元に余裕の笑みを浮かべた。
「駄目だよ。本気で追い出そうとしないと。見せ掛けだけの拒否だと…」
 兄貴の言葉が切れる。と思ったら、オレは思い切り兄貴に引き寄せられていた。そのまま、兄貴の腕に飛び込むような形になる。
「こんなことされても、文句言えないよ?」
 耳元で、囁く。何故かオレは顔が赤くなってしまい、そして身動きが取れなくなってしまった。クスクスと、楽しげな笑い声だけが部屋に響く。
「や・めろよ。放せっ」
「それは拒絶?それとも受容?」
 いっそう愉しそうに言うと、兄貴はカラダを反転させた。その所為で、オレは中途半端にベッドに組み敷かれるような形になった。
 兄貴の、昔好きだった、今は大っ嫌いな蒼い眼が、オレを捉える。
「僕と比較されるのが嫌なら、僕が嫌いなら、テニスなんて止めればいい。元々、僕と一緒にいたくて始めたんだろ?今だって、のめり込んでいる風に見せているけど。辞めようと思えば、辞められる。違うかい?」
 眼を細め、誘導するように囁く。耳を塞ぎたいけど、両腕は兄貴にしっかりと捉まえられてて、びくともしない。
「本当は僕に認めてもらいたいんだろう?僕と裕太を繋ぐ、大切な糸であるテニスで…」
「黙れっ!」
 兄貴の言葉に体が震える。それを誤魔化すために、オレは怒鳴り声を上げた。だが、抵抗はそれしか出来ない。力ではオレのほうが強いはずなのに、捉まえられた両腕はピクリともしやがらねぇ。
「くそっ」
 オレの怒鳴り声に驚いた風もなく、ただ愉しそうに見つめる兄貴の視線から逃れたくて。オレは眼をきつく瞑った。それ以外、兄貴から逃れる術は無かった。
「……震えてるね。僕が怖い?それとも、図星を差されて怒ってるのかな?」
 間近で聴こえる微笑い声。思わず眼を開けてしまいそうになる。だが、次にあの眼を見たら、きっとオレは泣き出してしまう。
「うるせぇ。放せよっ」
 眼を瞑ったままで、体を捩る。有りっ丈の力を出してるはずなのに、兄貴の体が離れるようすはない。
「もっ、いい加減に放せって…」
「……裕太。」
 耳元で。驚くほど優しい声で名前を囁かれた。突然の兄貴の変化に、オレは思わず眼を開け、兄貴を見詰めてしまった。
「……あ・う…」
 途端、掴まる。兄貴の、眼に。
「……泣いてるの?」
 眼を細め、優しく微笑う。兄貴は顔を近づけると、いつの間にか流れ出していた涙を舌で拭った。そのまま、唇に触れる。
「あ、にき?」
「好きだよ、裕太。本当は、裕太も。僕のこと、好きなんでしょう?」
 クスリと微笑い、もう一度唇を重ねてくる。オレはもう、抵抗する気力も無くて。ただ、兄貴にされるがままになっていた。それに気付いたのか、兄貴が、オレから手を放した。だけど、オレは相変わらず動けなくて。
「ねぇ。本当のこと言ってよ。そうしたら、もう、裕太が嫌がるようなことはしないから。裕太は何でテニスを続けてるの?」
「お、オレは……」
「うん?」
「オレは――」





どうにもこうにも。
お兄ちゃん、怖いよ…。



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