8.名前を呼んで(周裕)
「ねぇ、裕太」
 ソファに座っているオレの後ろから手が伸びてくる。砂糖たっぷりの紅茶をテーブルに置くと、その手は折れ曲がった。白く細いそれに、強く抱きしめられる。
「兄貴、痛いんだけど」
「折角、二人きりになれたのにさぁ」
 振り解こうとするのを拒むように、そのまま体重をかけてきた。
「重っ…」
「こんな時まで、兄弟やってないといけないの?」
 手が緩む。振り向くと、キスをされた。兄貴が、口元を歪めて微笑う。
「……どういう、意味だよ」
「甘すぎたかもね」
 オレのための紅茶に口をつけると、兄貴は言った。受け取り、オレも一口飲む。
「そうでもねぇよ。兄貴が淹れてくれるのはいつでも美味い」
 言ってから、それを一気に飲み干した。カップをテーブルに置く。
「そう。それならいいけど」
 あまり嬉しそうでもなく呟くと、兄貴はソファを跨いでオレの隣に座った。溜息が聴こえる。
「………何だよ。折角二人きりなのに。溜息吐くことはねぇだろ?」
 いつもなら、二人きりにならなくても、オレが帰ってきただけで喜ぶのに。今日の兄貴は、どこか淋しそうな顔をしていた。
「二人きり、だからだよ」
 呟く。兄貴はオレの手を掴むと、乱暴に押し倒してきた。見上げるオレを、歪んだ笑みでを浮かべて見下ろす。
「……あに、き?」
「ねぇ。僕たち愛し合ってるんだ。躰だって、何度重ねたか判らない。それなのに…。それでも、兄弟以外のものにはなれない?」
 オレの頬をそっと包むと、唇を重ねてきた。その味に、いつもと違う何かを感じ、オレは身を捩った。何とか、躰を離す。
「兄貴、泣いて…」
 言葉を、唇で塞がれた。次に自由になったときには、兄貴の温もりは、頬にあった。
「どうしたんだよ、あにっ…」
「兄貴じゃない。僕は、周助だ」
 オレの言葉を遮るよう、言う。躰が悲鳴を上げそうなくらい、強くオレを抱きしめて。
「いつもとは言わない。だけど今は、二人のときだけは、兄弟じゃなく恋人同士でいたいんだ。だから―――」
 耳元で囁くと、兄貴は躰を少しだけ離した。不安げな眼で、オレを見つめる。
 オレは深呼吸をすると、兄貴の首に腕を回した。引き寄せて、キスをする。
「……好きだぜ、周助」
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