23.アイスクリーム(不二切)
「ありがとうございますっ」
 僕の手からアイスを受け取ると、彼はニヤケ顔で言った。その姿は、嬉しそうに尻尾を振っている犬のようで、僕は微笑った。
「別にいいよ。僕も食べたかったし」
 ベンチに座り、自分のそれに口をつける。見上げると、彼はまだ立ったままでアイスを見つめていた。感激でも、してるみたいに。
 いつまでそうしてるつもりなんだろう?待て、と言った覚えはないんだけど。
 もはや犬にしか見えなくなってしまっている彼に苦笑すると、僕はその手を引いて隣に座らせた。それでも、彼はまだアイスを見つめていて。
「ほら、早く食べないと溶けちゃうよ?」
「だって。不二サンの奢りっすよ。勿体無くて…」
「だったら僕、それ食べちゃうよ?」
 僕のもうすぐ食べ終わるし。言ってクスリと微笑って見せると、彼はものすごい勢いで首を振った。そして、ものすごい勢いでアイスを食べ始めた。
「……凄いね」
 幾ら、僕の食の進みが遅いとはいえ。後少しで食べ終わる所だった僕とほぼ同時にアイスを食べ終わった彼を見て、僕は呟いた。
「オレ、食べるのも早いんスよ」
 僕の呟きを褒め言葉と受け取った彼が、得意げに微笑う。
「お腹、壊さないでよ。まだ荷物持ちの仕事が残ってるんだから」
 僕に関してはどこまでもプラス思考な彼に溜息を吐くと、彼とは逆隣に置いてある銀色のケースを指差した。
「理解ってますって」
 彼が、僕の前で力コブを作ってみせる。
 あのケースには、カメラが入っている。新しく買ったもので、レンズもそこに入っているから、少し重い。どこか場所を決めて撮る時はいいけど、今日みたいに街中をふらふら歩きながら撮る時には少し厄介で。だからそういう時は愛用の小さいカメラを使っていたのだけど。
 付き纏われるのは困るけど、荷物持ちとしてなら一緒に居るのも悪くないかな。動物は、嫌いじゃないし。からかってみると、それなりに面白い。ただ、そこから変な誤解に行かなければ、なの話だけど。
「さて。そろそろ行こうか」
「ラジャっス」
 妙な返事をすると、彼は勢いをつけて立ち上がった。僕の前を通り過ぎ、銀色のケースに右手を伸ばす。
「あ。待って」
「え?」
 それに触れる前に。僕は彼の右手をとると、指先を口に含んだ。甘い味が口内から消えるのを確認し、唇を離す。
「……不二、サン?」
「アイス、ついてたからさ」
 驚いたような顔で見つめる彼に、僕は微笑った。途端、彼の顔が赤くなる。
「そうっスか」
 僕から眼を逸らし頷くと、彼は右手を大事そうにポケットにしまい、左手でケースに触れた。
 立ち上がる僕の隣で、今にもニヤケそうな彼の顔に、失敗したかな、と深い溜息を吐いた。
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