32.楽しかったよ!!!(不二塚)
「今日はありがと。楽しかったよ」
「ああ」
「じゃ、また明日ね」
「ああ」
 オレが頷くのを確認すると、不二は背を向けて歩き出した。少し弾んだような後ろ姿に、本当に楽しかったのだろうな、と安堵にも似た溜息を吐いた。
 今日は、不二と初めて二人きりで会った。これをデートといっていいのか分からないが。兎に角、特に用事もないのに二人きりで会った。
 用事もないので、何をしたわけでもない。ただ二人で並んで公園などを散歩しただけだ。鼻歌を歌いながら歩く不二の手には、カメラとオレの手がしっかりと握られていた。
 会話はなく、時折立ち止まる不二の、桜に向けたシャッター音だけが響いていた。
『大丈夫?』
 初めに手を繋いだ時、不二は覗き込むようにして訊いてきた。
『何がだ?』
『手』
 辺りを見回しながら、呟く。別に、と答えると、不二は嬉しそうに微笑い指を絡めてきた。
『手、冷たいんだね』
『お前が温かいんだろう?』
『違うよ。君の手が冷たいんだよ。きっと、心が温かいからだろうね』
 両手を、組んでみる。不二と繋いでいた右手は、少しだけ温かい。
「やはり、お前の手が温かいんだ」
 もう見えなくなったその後ろ姿に、呟いてみる。分かっていても、返事が来ないことを淋しく感じる。いつも、不二はオレの言葉を見逃すことはしないから。
 そう言えば、オレは不二の言葉を見逃してばかりだ。
 駄目だな。溜息を吐くと、オレは不二の帰路に背を向けた。ポケットから携帯電話を取り出す。
 ――今日は楽しかった。また明日。
 それだけを送ると、オレは光を閉じ、帰路を歩き出した。
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