33.私の名前(不二幸)
「セイイチ。幸村、セイイチ。……セイイチ」
「何だ?」
 ベッドに仰向けになりその名を呟いていると、彼が顔を覗かせてきた。手を伸ばし、その頬を包む。
「不二?」
「セイイチ」
 彼を引き寄せ、口づけを交わす。唇が離れるよりも先に、僕は手を離した。それで離れるかと思ったけど。彼は僕に体重を預けるようにして圧し掛かってきた。
「何か、変な感じだ」
 見下ろし、彼が微笑う。僕は何も言わずに、ぼんやりと彼を見つめた。
「セイイチ」
 もう一度、その名を呟く。慣れてないせいなのか、響きが、自分の想像している通りにはならない。どうしても、片仮名になってしまう。それが、何か嫌で。
「セイイチ。セイイチ…」
 壊れたラジカセのように、上手く漢字の響きになるまで何度も呟いた。
「不二?」
「……セイイチ。セイイっ」
 言うべき音を、彼の唇で塞がれる。それでも僕は名前を呼び続けた。その口を、今度は両手で塞ぐ。動かないよう、しっかりと。仕方なく、僕は彼の名前をなぞることを止めた。
「どうしたんだ、不二」
 僕が諦めたのを悟ったのか、彼は手を離した。
「上手く、漢字にならないんだ」
 手を伸ばし彼の肩を掴むと、僕は体の位置を入れ替えた。見上げる彼の瞼に、唇を落とす。
「……漢字?」
「そう。漢字。君の名前を呼ぼうとすると、どうしても片仮名になっちゃうんだ」
 セイイチ、とまた呟く。ほらね、と微笑って見せると、彼は少し顔を曇らせた。
「嫌なのか?」
「なんかね」
「だったら、苗字で呼べばいい」
 今までもそうしてきたじゃないか。言う彼に、僕は首を横に振った。
「どうせなら、名前で呼び合いたいよ。折角、こういう関係になったんだし。君は僕の特別で、僕は君の特別なんだって、思いたい。だから、セイイチにも僕のこと名前で呼んで欲しい」
「……しゅうすけ」
 たどたどしい口調で、彼が僕の名をなぞる。頷くと、彼はもう一度、しゅうすけ、と呟いた。
「駄目だ。俺は平仮名になる」
 しゅうすけ。また、彼が呟く。
 不思議な感じがした。彼の音は確かに平仮名のような響きがする。けれど、僕はそれが全然嫌じゃなくて。寧ろ、心地良いとさえ感じた。
 そうか。もしかしたら、これでいいのかもしれない。
「ねぇ、セイイチ」
「何?しゅうすけ」
「僕の名前、平仮名でも良いから。君の名前、片仮名でも良いかい?」
「えっ?」
「何かそっちの方が、より特別かなって」
 そう思わない、セイイチ。クスリと微笑い、口付ける。唇を離すと、彼も微笑った。
「やっと、らしくなったな」
「……何?」
「何でもないよ、しゅうすけ」
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