35.欠片(不二乾)
「想い出は。記憶の中に散らばってるから綺麗なんだよ」
 ブラックアウトした視界に重なる声。ビデオカメラから顔を離すと、不二もレンズから左手を離した。満足げな顔の不二の右手には、愛用のカメラ。
「不二だって、写真を撮っているじゃないか」
「僕のは切り取ってるだけだから。乾はビデオを撮ってる上にノートにそのときの気持ちも書き込んでるんでしょ?」
 僕が言ってるのはその事だよ。クスリと微笑う。手を伸ばすと、俺の膝の上からノートを奪った。
「書き留めるのは事実だけで充分だよ。その裏の心理は必要ないと僕は思うな」
 パラパラとページをめくる。
「俺はこれで長年やってきたんだ。今更変えられんさ」
 ノートを取り返そうと、手を伸ばすが、あっさりと避けられてしまった。
「駄目だよ」
 クスクスと微笑いながら、ノートを丸める。何をしているのか分からずそれを見つめていると、不二はゴミ箱へとノートを放った。
「っおい、不二」
「乾はそうやって記録を採り続けてれば良いよ。僕はそれを消去し続けるから」
 記録に頼ってると、それがないと思い出せなくなっちゃうよ?
 手を伸ばし、ビデオカメラに触れる。取られると思い俺が手を引いたのをいいことに、不二はそのまま俺を押し倒してきた。両手首を掴まれ、押し付けられる。
「また、引っ掛かった」
 俺を見下ろし、愉しそうに微笑う。思い通りにされるのも癪なので無駄と知りつつ抵抗をしてみたが。
「無駄だよ」
 それは本当に無駄だった。押さえつけられた手は全く動いてはくれない。結果は同じだったとしても、少しくらいは効果があるかと思っていたのだが。
「やっぱり、ノートがないと駄目?」
「……生憎、俺は元々記憶力がないんだ」
 諦めの溜息混じりに呟く。不二はクスリと微笑うと、首を横に振った。
「それは嘘だよ。散らばった記憶の欠片を上手く集めることが出来ないだけ」
 だから、僕がその手伝いをしてあげるよ。カラダは勿論、ココロも思い出せるようにね。
 見上げる俺に蒼い眼を妖しく光らせ微笑うと、不二は記憶の欠片を集めるように俺に触れた。
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