36.電話(3-6)
 出来たっ、と呟くと、不二は顔を上げにっこり微笑った。
「はい、これ」
 俺の手を掴み、そこに空の紙コップを置く。
「不二?」
「英二、耳。当てて」
 不二は別の紙コップを掲げると、自分の耳に当てるフリをした。そこから出ている糸が俺んとこまで続いてるのを見て、これが何なのかやっと分かった。
「りょーかい」
 頷いて、紙コップを耳に当てる。それを確認すると、不二は垂れ下がる糸をピンと張る為に、俺に背を向けて歩き出した。
 暫くして、持っていた紙コップが少し引っ張られる。ぴんと糸が張ったところで、不二は椅子を持ってくるとそこに座った。
 不二が、コップを口元に当てる。
「英二、聞こえる?」
 震えるコップ。無線みたいに語尾に、どーぞ、と言うと、不二の声が途切れた。目の前の不二がコップを耳に当てているので、俺はコップを不二とは逆に口に当てた。
「聞こえるよん。でも何でこんなことしようと思ったの?」
 どーぞ、と俺も付け加えた。別にそんな事しなくても、互いに目で確認できるんだけど。何となくやってみたくなって、やってみた。
「懐かしいでしょ。小学校の頃の気持ちを思い出したくてさ。それと、ちょっと内緒話をしたくてね。どーぞ」
「……内緒話なら、これ使わなくても近寄って話せばいーじゃん。どーぞ」
「うーん。面と向かうのはちょっと恥ずかしいんだけどさ。だからって、メールとかじゃ嫌なんだよね。だから、この距離で許して。どーぞ」
「しっかたないなー。どーぞ」
「ありがと」
 その言葉を最後に、不二からは何も聞こえなくなった。俺が話す番なのかと思って不二を見ると、相変わらず口にコップを当てたままだった。俺と眼が会うと、少し照れくさそうに微笑った。
「ねぇ、英二。僕たち、親友だよね?」
 どーぞ、は言わない。でも、次は俺が話す番だと直ぐに分かった。見ると、不二も当然のようにコップを耳に当てていた。
「うん。そーだよ。不二と俺は親友。でも、どうしてこんなこと聞くの?」
「……だって、僕だけそう思ってたら嫌じゃない。だから、確認してから言おうと思って」
 不二が黙る。紙コップを当てたまま横目で不二を見ると、不二は俺を真っ直ぐに見つめていた。目が合う。不二は俺を見つめたままで大きく息を吸い込んだ。
「英二と友達になれて良かった。なんでかよく分かんないけど、今、それを伝えたい気分なんだ」
「……俺も、不二と友達になれて良かったと思う」
 不二から目を逸らし、コップを耳に当てたままで言う。
 誰もいない教室から、俺の声の残像が消える頃、ありがとう、と呟く振動が伝わってきた。
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