37.メトロポリス(不二リョ)
「おはよう」
 ヴン、という音と共に天井から声が飛んできた。重い瞼を持ち上げると、蒼いそれと目があった。
「はよっス」
 モニターに映し出されている時計を見る。6時ジャスト。いつだってこのヒトは時間に正確だ。俺がモーニングコールを頼んでいるからとはいえ。
「それにしても、そそる格好だね。モニター越しじゃなきゃ直ぐにでも襲ってた所だよ」
「っ」
 指を差され、俺は視線を下ろした。
 通りで、寒いと思った。
 いくら部屋が過ごしやすいように温度設定されているといっても、それは服を着ての設定で。今の俺は、布団も掛かっていなければ、パジャマも首の辺りまで大袈裟すぎるほどに捲れていた。
 相変わらずの寝相の悪さに自分で呆れていると、モニター越しにクスクスと微笑い声が響いた。慌てて、それを下ろす。
「全く。セキュリティはしっかりしているとはいえ、僕みたいな天才ハッカーが他にいたらどうするの?直ぐに所在を調べられて襲われちゃうよ?」
「男に欲情する男なんて、アンタくらいスよ」
 落ちていた布団を掻き集め、自分の体に押し当てた。途中、その上で寝てたカルピンが勢い良く転がった。
「ほぁら」
「悪ぃ、カルピン。でも、これは全部周助が悪いんだ。怒るならアレに怒って」
 睨み付けるカルピンに天井を指差すと、俺もそっちを睨んだ。心外だなぁ、と周助が微笑う。
「法を犯してまでして、折角起こしてあげてるのに。そんなこと言うなら、明日から起こしてあげないよ?」
「……っ。だったら、ちゃんと正規のルート使って起こせばいいんスよ。わざわざ犯罪者みたいな真似…」
「だって、その方がスリルがあるじゃない」
 楽しそうに言う周助に、俺は呆れてしまった。天井を向いている所為でだらしなく開いている口が、更にだらしなく開く。
「そうそう。男に欲情する男。もう一人知ってるよ」
 口を開けている俺にクスリと微笑うと、周助は言った。
「それは、リョーマ、君だ」
 ピンと立てた人差し指を、俺に向ける。そうでしょ?と微笑う周助に言い返せなくて。俺は赤くなった顔を見られる前にモニターのスイッチを切った。
「ほぁら」
「理解ってるよ。今のは別に周助が悪いわけじゃない。俺が、勝手に照れただけ」
 喧嘩したの、と心配そうに見つめるカルピンの頭を優しく撫でると、俺は時計に目をやった。もうあれから15分も経っている。
「やっべ。遅刻」
 呟くと、カルピンを吹き飛ばすくらいの勢いで、俺はベッドから飛び出した。
 急いで着替えないと。朝連、遅刻したら桃先輩に走らされる。
 慌てて上着を脱いでいると、消したはずのモニターがヴンと音を立てた。違う。音を立てたのは天井のモニターではなく、後ろのモニターだ。
「あ。着替え中だった?」
 上半身裸の俺を見て、蒼い眼は嬉しそうに細くなった。
「……タイミング、見計らってたクセに」
 急いで、シャツに袖を通す。
「そんなこと言っていいのかな?今日、僕はとっても暇だから、遅刻しそうなリョーマくんをバイクで送ってあげようと思ったのに」
「……ヨロシクオネガイシマス」
 勝ち誇ったように言う周助に、俺は出来るだけ棒読みで頭を下げた。クスクスと言う微笑い声が、部屋に響く。
「よしよし。じゃあ、今からそっち行くね。と言うか、もう向かってるんだけどさ。上がっていいかな?」
「アンタの目ン球、登録してあるんだから、勝手に入ってくればいいっしょ」
「あ。そっか。それで襲っちゃえばいいんだ」
「……俺以外が入れないようにシステム書き換えますよ?」
「そんなこと言うなら、送らないよ?」
「……スミマセン」
 謝る俺に、周助は意味深に微笑うと、モニターを切った。透明になった画面からは、外の景色が見える。そこには、バイクに跨り多くの人が空を飛んでいて。もう直ぐ来るであろう周助が通らないかと暫く見てたけど、その気配がなかったので、俺はボタンを押し、モニターにブラインドを映した。外からは中の様子が見えていないとはいえ、中から外の様子が見えると、なんだか覗かれている気がしてしまうから。
「あーあ。ったく。なんなんだよ」
 あの笑みは、怒ったってことだったのか?
 いくら考えても、あの人の考えてることなんて理解りっこなくて。それでも時間だけは過ぎていくから。俺は急いで着替えを済ませると、ドアを開け飛び出した。
「っ」
 部屋から一歩外に出たところで、俺は思い切り何かにぶつかった。顔を上げると、周助が優しい笑みを浮かべていた。手を伸ばし、俺を抱きしめる。
「おはよ」
 久しぶりの温もりに、俺も暫く体を預けていたけど。
「ってか、何でアンタがここにいんの?」
 重大な事に気づき、俺は体を離した。名残惜しそうな目で、先輩が俺を見つめる。
「リョーマが入って良いって言ったから」
「だからって…」
 主である俺以外が家に入るときは、例え登録してあっても俺の時計に知らせが来る事になっている。今までだって周助がやってくるときはちゃんと俺に知らせが来た。なのに、何で…。
「あ。」
「吃驚した?やっと君んとこのロックを外せるようになったんだ」
 声を上げた俺にクスリと微笑って言うと、先輩は小さなノートパソコンを俺に見せた。
 結局、アナログでもデジタルでも、この人から俺を守ることは出来ないのか。
 システムを解読するのにどれくらいかかったのかなどを嬉しそうに説明し始める先輩に、俺は内心溜息を吐いた。
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