39.ドラッグ(不二幸)
「ゲホッ、ゴホッ」
「幸村っ!?」
 咳き込む俺に、不二は急いで体を起こすと覗き込んできた。さっきまで眠っていたと言うのに、その眼は真っ直ぐに俺を捉えていて。大丈夫だ、と答えると、俺は不二から顔を背けた。咳だけの所為じゃなく、頬が熱い。
「そう。なら、良いけど」
 あまり納得していないような声。それでも、彼は深く追求してくることはせず、緩んでいた指を深く絡める体を元の位置に戻した。俺も、元の位置に顔を戻す。
 月明かりが差し込む、少し蒼い、真っ暗な天井。病院で眠れない時、いつもこうしてただぼんやりと天井を見上げていたことを、思い出した。
 手術が成功したと言うのに、季節はずれの雨の所為か俺は体調を崩していた。そんな俺の情報をどこで聞きつけたのか、不二は部活の合間を縫って毎日のように様子を見に来てくれている。明日も朝早くから練習があるのに。
 繋いでいてくれる手の温もりを有り難いと思いながらも、俺は少しだけそれを苦痛に感じていた。不二から与えてもらうだけで、俺は何も与えてやる事は出来ない。その事実が、俺を苦しめている。自分勝手な、我侭な想いだと知りつつも。
「……眠れない?」
「少し、な」
 呟くような不二の声に、俺も呟きで返した。隣で、ゴソゴソと不二が動く。顔を動かすと、不二の蒼い眼と目が合った。
「眠剤とかって、駄目なんだっけ?」
「併用するなとは言われている」
「そっか。困ったな」
 空いている手で口元に手をやると、不二はそのまま黙って考え込んでしまった。俺のことよりももっと自分の事を心配するべきではないのか、と言いたくなる。俺の咳で目覚めてしまうのならまだしも、俺が寝返りをうつだけでも心配そうに顔を覗き込んでくるのだから、きっと殆んど眠っていないか眠っていたとしても酷く浅いものなのだろう。
「大丈夫。俺は暫く部活が無いから、今眠れなくても昼間眠っているんだ」
 それに、こうして不二の温もりを感じていれば、そのうち深い眠りへと落ちて行ける。不二の体温は、俺にとって何よりも強い催眠剤になってくれるから。
「それよりも、俺は不二の方が心配だ」
「僕の方が?」
 言う俺に、不二は不思議そうに訊き返してきた。その顔に、内心溜息を吐く。理解ってないんだ、不二は。
「不二の方がきっと俺より疲れている筈だ。眠れないなら、俺の眠剤を飲むか?」
 繋いでいた手を離す。体を起こすと、ベッドサイドに置いてある袋に手を伸ばした。
「駄目だよ」
 けれど、袋に触れるよりも先に、俺の手は不二に掴まれてしまった。半ば押し付けるようにして、不二が俺の体を横たえる。自由な手で、圧し掛かってくるその胸を押し戻すと、何もしないよ、と不二は苦笑した。
「駄目だよ、眠ったら。君を見守ることが、僕の使命なんだから」
「だが、このままだと不二の体がっ…」
 壊れてしまう。言おうとした言葉は、不二の唇に吸い取られた。温かい腕が伸びてきて、強く抱きしめられる。
「そう思うなら、早く元気にならないと」
 耳元に唇を寄せ、囁く。
「僕を元気にさせるのも、安眠へ導くのも。総て君の笑顔次第なんだからさ」
 少しだけ体を離すと、不二は優しく微笑った。その笑顔に、俺は少しだけ元気になれた気がした。
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