43.青春。(不二塚)
「そこ、グラウンド50周」
 テニスコートに響き渡る、彼の強い声。それは決して怒鳴っているわけではなくて、ただ単に、真面目な彼の性格と、絶対に勝つという強い決意が現れているだけなのだけれど。他の人にはそれがなかなか伝わらない。
 まあ、伝わっているからといっても、みんながみんな、真面目にランニングするとは思えないけれど。
「お前もだ。不二」
 木陰で休んでいた僕の前に立つと、彼は溜息混じりに言った。僕にも怒鳴ればいいのに、特別視してくれている所為なのかなんなのか、僕に対しては酷く優しい。と言っても、それは言い方や表情だけで、周回をまけてくれるなんて事は絶対にしてくれないのだけれど。
「いやはや、青春だねぇ」
 年寄りのような口調で言うと、立ち上がって大きく伸びをした。
 彼と、爪先がくっつくくらいの距離で向かい合う。
「な、何だ」
 彼は顔を少しだけ紅くすると、半歩ほど後退りした。思いがけない彼の可愛い姿に、思わず笑みが零れる。
「ねぇ。このまま、部活サボっちゃおうよ」
「なっ」
 怒られるかと思ったけれど、彼は僕を見つめたまま固まってしまっていた。言葉を発する様子も無く、ただ、僕を見つめている。
 もしかしたら、何を言ったのか理解できていないのかもしれないな。
「だから。部活、サボって。これから、僕とデートしよ」
 彼が理解できるように、言葉を切る。それでも彼は何の反応も返そうとしないから。僕は手を伸ばすと、いつもはラケットが占領している彼の手を握った。少しだけ、彼が反応する。
「ね。行こう」
 駄目押しだとばかりに、僕は彼に笑顔を作った。多分これが、彼が僕を好きになった一番の要因だと思うから。
 その予想は当たったようで、彼は無言で頷いた。
 みんなに見つからないように気をつけながら部室に入ると、僕たちは急いで帰り支度を始めた。
「何故、オレなんだ」
 着替えを終え、広げた僕の手に躊躇い気味に自分のそれを乗せると、彼は訊いた。クスリと微笑い、その手を強く握る。
「僕も、青春ってヤツを味わってみたくなってね」
「どういう意味だ」
「手塚はさ、僕のこと好きなんでしょ。僕もなんか手塚だったら好きになれそうな気がするからさ」
 クスクスと微笑いながら言う僕に、彼は顔を真っ赤にすると何かを言おうと口を開いた。それを阻止するように、勢い良く部室のドアを開ける。
「あーっ。不二たち、帰ろうとしてる」
 バン、と音を立ててドアが開いてくれたおかげで、上手い具合に英二に見つかってしまった。そのことに狼狽えてしまっている彼の手を、強く握る。
 ここからが本番。こういうの、一度やってみたかったんだよね。
「手塚」
「な、んだ」
「走るよ」
「ぁあ」
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