45.残った物(不二リョ)
「……何も」
「うん?」
「何も残さないんスね、アンタは」
 自分の腕を掲げながら、彼は呟いた。不満そうな顔。多分、怒っているのだろうけど、それが凄く可愛く見えて。
「好きだよ」
 思わず、彼を強く抱きしめてしまった。覗き込む彼の顔が、見る見るうちに紅くなっていく。
「……ウソツキ」
 顔を見られていることに気付いた彼は、呟くと僕の胸に顔を埋めてきた。猫のような髪を、優しく撫でる。
「嘘じゃないよ。本当に好きなんだ。リョーマの事」
「でも。駄目なんでしょ?」
「……まぁ、しょうがないよね」
 腕を解き、体を起こす。猫のように丸くなる彼をそのままに、僕は脱ぎ捨てられていた服を纏った。
 背中に感じる、淋しげな視線。
 理解ってる。僕だって、淋しいんだ。
「ねぇ、リョーマ。恨んでも、いいんだよ?」
「別に。切り出したのはアンタかもしれないけど。少し、早かったかもしれないけど。でも、多分、結果は同じだったと思うし」
「……そう」
 呟いて振り返ると、いつの間にか彼は僕の直ぐ後ろに立っていた。一瞬だけ眼が合ったけど、彼は僕が振り返ると直ぐに俯いてしまった。
 相手を束縛したいと思うのに、相手に束縛されるのを嫌う。
 僕たちが共通していた、共通しては行けなかった性質。
 そして、束縛をしたいと思うくせに、互いの自由さに魅かれていた。
 彼のためを思って切り出したつもりだったけど、もしかしたら、本当は僕のための別れなのかもしれない。僕が、再び自由を手にする為の。
「じゃあ。もう行くから」
 彼を強く抱きしめ、触れるだけのキスをする。
「うん」
 唇を離し見つめると、彼の頬を一筋の涙が伝っていた。
「泣いてるの?」
 彼が泣いている。それが僕にとって凄く意外なことだった。今まで、何があっても涙を溢す事は無かったのに。
「泣かないで」
 彼の頬を包み、親指で涙を拭き取る。けれど、それを切欠にするかのように彼の眼からは大量の涙が溢れてきて。僕は手を伸ばすと、彼を強く抱きしめた。今の僕には、それしか出来ない。
「ねぇ、リョーマ。最後に、微笑ってよ。僕が思い出すリョーマが、いつも笑顔でいるように」
 柔らかい髪。その感触を体に刻む。
「ヤダ」
 彼は小さく頭を振ると、僕に抱きついたまま、くぐもった声で言った。
「この感情は、アンタが唯一俺に残したもんだから。俺は微笑えない」
 体を離し、僕を見つめる。彼の眼からは、相変わらず涙が溢れていた。視界は滲んでしまっているだろうに。それでも、彼は僕をしっかりと見つめて言った。
「アンタが俺に悲しみを残すなら。俺はアンタに泣き顔を残すよ」
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