47.コンプレックス(不二幸)
「すまない」
 花瓶の水を換えて戻ってきた僕に、彼は窓の外を見つめたままで呟いた。
 花瓶を置き、パイプ椅子ではなく、ベッドに直接腰掛ける。
「何が?」
 少し冷たい、彼の手を握る。こっちを向いてくれるかと思ったけど、彼は窓の外を眺めている。
「大会は続いているのに、俺の所為で練習時間を減らしてしまっている」
「何だ。そんなこと」
「重要な事だ。俺がこんな身体であるがばかりに。不二だけでなく、皆に迷惑をかけてしまっている」
 握りしめた彼の手に力がこもる。窓から視線は外したものの、相変わらず僕のほうを見てはくれない。俯いたまま、黙ってしまった。
「駄目だな、俺は」
 暫くの沈黙の後、溜息混じりに彼は呟いた。ようやく僕を見たその眼は、様々なの負の感情で揺らいでいた。
 溜息を吐き、彼の頬にそっと触れる。
「ホント、駄目だよ。幸村は」
 触れるだけのキス。
 唇を離すと、彼は意外そうな顔で僕を見ていた。駄目の意味を履き違えている彼に、小さく笑う。
「そんな顔してたら、治るモノも治らなくなるよ?皆は、キミが元気になるコトを信じて頑張ってるんだから。キミはそれに応えないと」
 それに。
 言いかけて、僕はもう一度キスをした。今度は、少し長めに。
「結局の所、僕は僕の為に毎日ここに来てるんだ」
「……どういう事?」
「僕は幸村精市が好きで好きでしょうがないってコト。今まではキミも部活があったから、なかなか会えなかったケド。今は僕の都合でいつでも会えるんだ。こんなチャンス、もう二度と来ないよね」
 額を合わせ、クスリと微笑う。彼は僕の頬に触れると、引き寄せてキスをした。
「酷いな。それじゃあ、俺が病気になって良かったと言ってるように聞こえる」
 口を尖らせながら、それでも彼は微笑ってくれた。今日初めて僕に見せる、笑顔。
「うん。そうだよ。でも、だからってあんまり長引かせちゃ駄目だよ」
 腕を伸ばし、彼を強く抱きしめる。
「院内だけじゃなく、キミと色んなトコでデートしたいからね」
「……そうだな」
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