50.許さない(不二塚)
「ねぇ、手塚」
「………。」
「手塚ってば」
「………。」
 今日一日、こんな調子だ。僕が手を引けば、大人しくついて来てくれるけど、口はきいてくれない。どうやら怒っているらしいのだけど、その理由が、皆目見当もつかない。今まで、彼がこういう形で怒ったのなんて初めてだから。
「なに怒ってんの?」
「………。」
 まだ、何も言ってくれないの?
 それでも、以前からの約束とはいえ、怒ってるのにも関わらず僕の部屋までちゃんと来てくれたって事は、だ。その原因を僕に知って欲しいという証拠。
「手塚。喋らないと、キスしちゃうよ?」
 彼の隣に座り、その頬を優しく包む。
「やめろっ」
 唇が触れる前に、彼は僕を突き飛ばした。
 いつもなら、キスをした後で止めろと言ってくるのに。これは、相当怒ってるんだな。
 それでも。彼が僕に対して言葉を発してくれたことが、少しだけ嬉かった。この調子なら、話してくれるかもしれない。
「ねぇ。何で怒ってるの?話してくれないと、謝れないよ」
 俯いている彼の顔を、覗き込む。また突き飛ばされるかもしれないと思ったけど、それはなかった。代わりに、僕は言葉を失った。
 手塚が、泣いてる…。
「ね、ねぇ。良く分からないけど、ゴメン。僕が悪かったから。だから、ね?泣かないで」
 今まで、彼を泣かせたことがなかったわけじゃないけど、それは原因が理解りきっている場合であって。こんなのは、初めてだ。
「別に。謝らなくていい。オレは、お前を許す気など無い」
 僕に背を向けるようにすると、彼は膝の間に顔を埋めた。その肩が、小刻みに震えている。いよいよどうしていいか理解らなくなってしまった僕は、後ろから、彼を優しく抱きしめた。辛うじて膝から飛び出している耳に、唇を寄せる。
「許さなくてもいいから。だから、原因だけでも教えてくれないかな?」
「………てしまったんだ」
 嗚咽を堪えるような、そんな声で、彼が呟いた。
「今日の昼休み、見てしまったんだ。お前が…オレのクラスの女子と、屋上への階段でキスしてる、ところ」
「……あ」
 思い出した。
 確かに、今日の昼休みに、そんなことをした。名前はもう思い出せないけど、何度か見かけたことのある女子に、告白されたんだ。断ったら、せめてキスだけでも、とせがまれた。彼女はどこから聞きつけたのか、僕と手塚の関係を知っていて、キスをしてくれないと手塚に危害を加えると言ってきた。だから。
 でも、あの時、結構早くから彼の気配を感じていた。事の一部始終を、彼は聴いていたのだと思っていたけど。違ったのだろうか?
「ごめん。彼女の告白を断ったらせがまれたんだよ。それで諦めるからって。もしキスしてくれなかったら君を…」
「知っている」
「え?」
「隠れて、聴いていた。オレの為にお前がそれをしたということは、知っている」
「でも、だったら…」
 なんで、怒ってるの?
 言おうとした言葉は、彼の眼によって止められてしまった。僕の腕を解いて振り返った彼は、赤く腫れた眼で、しっかりと僕を捉えていた。
「オレの為だったら、お前は何でもするのか?」
「……手塚?」
「オレの為に死ねと言われたら、オレを残してお前は死ぬのか?」
「ち、ちょっと。それは次元が違いすぎるよ」
「オレにとっては同じだ。オレの為に、不二がオレだけの特別を誰かにしてしまうのが嫌なんだ。だから、オレはお前を許さない」
 狼狽える僕に、彼ははっきりとした口調で言った。再び僕に背を向けてしまう。
 でも、多分。手塚の命か自分の命かなんて選択を迫られたら、僕は自分の死を選ぶだろう。僕の為に手塚が傷つくなんて事になったら。僕は…。
「一生、自分を許せなくなる」
「……不二?」
「嫌なんだ。僕の所為で君が傷つくのは。もしそんなことになったら、僕はきっと、一生僕自身を許さない。だから、あれで良かったんだよ」
 振り返ろうとする彼に、顔を見られないようにと、僕は後ろから強く抱きしめた。ごめん、と呟く。
「……だが、オレは」
 回された僕の手に自分のそれを重ね、指を絡めると、彼は言った。
「お前のその行動で、心が傷ついた。肉体的な傷などどうでもいい。だから、オレを傷つけたくないのなら、もう二度とそんなことはしないでくれ」
「……うん」
「生涯をかけて、それを守ってくれたら、許してやる。だが、それを守るまでは、オレは今回の事を許さない。許して欲しかったら、生涯をかけて、償え」
「……うん」
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