51.ぬいぐるみ(周裕)
「ゆーた。入るよ」
 通る声。と思ったら、入る、と言ったときには兄貴は既にオレの部屋に足を踏み入れていた。
「はい、これ」
 楽しげな声と共に、視界を柔らかいもんで塞がれる。それをどかすと、兄貴の笑顔が迫ってきた。唇が触れる寸での所で、手に持っていたそれで兄貴とのキョリを何とか保つ。
「……邪魔だね、これ」
「それはこっちの台詞だ。何なんだよ、これは」
 ベッドに横になっていたオレは、兄貴を押し戻すと体を起こした。兄貴が妙に密着して俺の隣に座ろうとするから、オレは兄貴から手渡されたそれを壁にした。
「何って、ぬいぐるみだよ。狐の」
「んなの、見りゃ分かるってんだよ」
 その馬鹿でかいぬいぐるみを抱きかかえて微笑う兄貴に、オレは溜息混じりに言った。
「裕太にね、あげようと思って」
「はぁ?」
「ね。似てるでしょ」
 自分の顔の隣にその狐を並べると、兄貴は微笑った。確かに、その顔は似てると言えなくもねぇけど。
「でも、兄貴はこんな可愛げねぇぜ」
「うん。だって、可愛いのは裕太の方だからね」
「はぁ!?」
 意味不明の兄貴の言葉に、オレは頭に思いっきりでかいはてなを浮かべちまった。それを察知したんだと思う。兄貴はクスクスと声を上げて笑った。
「明日、寮に戻るじゃない?で、裕太が淋しがるといけないと思って、買ってきたんだ。これを僕だと思って。ね?」
 狐を押しつけ、ついでに唇も押し付けられた。それだけで赤くなっちまった顔を、狐の頭に埋めて隠す。
「あ。そうそう。僕もね、自分用にぬいぐるみ買ったの。裕太そっくりの動物。何だと思う?」
「……知るかよ」
「あのねー。裕太は狸なの」
「は?」
 兄貴の言葉に顔を上げると、兄貴のアップが視界に映った。
「だから。た・ぬ・き」
 クスリと微笑って、また、オレにキスをしてくる。オレは兄貴との距離を取ると、狐の頭で口を隠した。
「何で兄貴が狐でオレが狸なんだよ」
 口を押し付けてるから、くぐもった声になる。聞き取りづらいかとも思ったが、兄貴にはちゃんと届いてるみたいだ。
「狐って来たらやっぱり狸でしょ。それに、どっちも犬科の動物だし」
 言いながら、兄貴は納得したように頷いた。また、兄貴語だ。いくら兄弟でも、これだけは、解読できない。兄貴曰く、愛が足りない、とのことらしいが。
 ……愛、か。
 少し考えたら、意味もなく顔が赤くなって来るのを感じた。兄貴に気づかれる前に、慌てて顔を伏せる。
「裕太、どうしたの?耳、真っ赤だけど」
「……なんでもねぇよ」
 そこまで赤くなってたのか、オレ。考えたら余計恥ずかしくなって、オレは狐を強く抱きしめると、そこに強く顔を押し付けた。
「まぁいいや。裕太も気に入ってくれた見たいだし。…今僕が目の前に居るのに、そっちを抱きしめてるのはちょっと淋しいけど」
 顔を伏せったままでいるオレに、兄貴は微笑いながら言うと頭を撫でてきた。そのまま、ぬいぐるみごとオレを抱きしめる。
「でもね、本当に淋しくなったらいつでも帰ってきていいんだよ。僕はいつでも裕太を待ってるんだから」
 耳元で囁かれるその優しい言葉に、何故だか涙が出そうになった。それを堪える為に、更に強く狐に顔を押し付けると、うん、と小さくオレは頷いた。
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