53.石(不二リョ)
 目の前に落ちている石を思い切り蹴飛ばしてみる。真っ直ぐ前を狙ったはずなのに、その歪なカタチのせいか、石は変な方向に飛んでしまった。慌てて、それを追いかける。
「こーらっ。駄目」
 グッと腕を引かれ、俺はそのまま先輩に抱きしめられた。意味もなく叱られたことが不満だから、俺は先輩を見ずに、そのまま転がっている石を見つづけた。その腕を解こうと、何とか体を捩る。
「…離して下さいよ」
「駄目だよ。離したら、また、石を蹴るんでしょ?」
 抵抗すらできないように、先輩は俺を強く抱きしめると、耳元でクスクスと微笑った。
「別にいいじゃないっスか」
「だーめ。石だって生きてるんだ。無闇に蹴っちゃ、可哀相だよ」
「……は?」
 意味不明の先輩の言葉に、俺は妙な声を上げた。だからね、言いかけると、先輩は俺を解放した。その代わり、俺がどこにも行かないようにしっかりと手を繋ぐ。
「石は生きてるんだよ。水晶とかさ。目には見えない変化だけど、何万年もかけて僅かずつ成長してるの」
 だから、石を蹴ることは、生き物を蹴ることと同じなんだよ?
 子供を諭すように、先輩は俺の頭を撫でると微笑った。その顔に、ほんの少しだけ頬が赤くなる。見られたくなくて。俺は石に視線を戻した。
「でもそれは、宝石の話でしょ。あそこにある石のことじゃない」
「あの石も、同じだよ」
「成長してるって?」
「生きているって事」
 呟いて、俺から手を離すと、先輩は俺が蹴飛ばした石を手に取った。それを、宙に翳す。
「古代の日本人は、自然物には総て精霊とか神とかが宿るとされてたんだ。八百万の神ってやつ。知ってる?」
 俺を見ると、先輩は持っていた石を投げてきた。仕方なく、うけを受け取る。
「知らない。そんなの、授業でやってないし」
 言いながら、俺も先輩がやったように石を宙に翳してみた。さっき、先輩は特別なもののように見てたけど、やっぱり、どう見ても俺にはただの石にしか見えない。
「まぁ、そんなの知ってても受験には何の関係もないからね。でも、そうやって考えるとさ、ニンゲンの驕りみたいなもの、無くなると思わない?」
「さぁね。俺は人類なんてどうでもいいし」
 先輩に視線を戻すと、持っていた石を投げ返した。先輩はやっぱり大切そうにそれを受け取った。
「ま、そんなに大きく考えなくてもさ。自然に対する見方が変わってくると思わない?少なくとも、僕は変わったよ」
 言って、その石をポケットにしまう。石が見えなくなった途端、なんだか俺にはその石が宝石くらいの価値があるような気がしてきた。
「……ど、んな風に?」
「んー。教えない。それは自分で感じなきゃ」
 少し興味を持った風な俺に、先輩は含み笑いを見せた。手を繋ぎ、再び歩き出す。
「そうだ。それを感じる為に、今度僕と一緒にピクニックに行こう!」
 名案だ、とでも言うように、先輩はピンと人差し指を立てると、俺の前に差し出した。そのわざとらしさに、裏を感じ、俺は溜息を吐いた。
「……もしかして、それが狙いでこの話したんじゃないっスよね」
「さて。どうだろうね。でも、さっき言った話は、本当だよ。だからさ。ね。今週末、僕と一緒にピクニックに行こうよ。特別に、僕がお弁当を作ってあげるからさ」
「…辛いのとか、俺、嫌っスよ」
「大丈夫。リョーマの好きなモノばっかり入れてあげるから」
 言うと、先輩は楽しそうに微笑った。別に、今週末は暇だし。ちょっと先輩の話も気になるし。でも、それよりも何よりも、また先輩の笑顔に頬が赤くなるから。
「……なら、行く」
 顔を伏せると、俺は呟いた。
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