57.眠れない(不二幸)
 隣で眠っている不二を起こさないように、寝返りをうつ。僅かに触れ合っていた手が離れる。背中に安らかな寝息を感じながら、俺は窓から見える星を眺めた。
 体調が優れない俺を気遣い、不二は何もせずにただ一緒に居てくれる。それはとても嬉しい事であり、俺が望んだことでもあるのだが。今は少し、それを後悔していた。
 不二が隣で眠っている事に、無駄に緊張している俺が居る。いつもなら疲れてそんな事を気にする余裕なのないが。
 その所為で、さっきからずっと眠れないでいた。寝返りを繰り返してみても、羊を数えてみても、眠れない。まあ、不二が言うには羊を数えるのは英語でいうシープがスリープに似ているためそれが暗示になるのだから、日本人にとっては無意味だという事らしいが。羊を数えれば眠れると思っている日本人にとっては、語感が似ていなくても、その思い込みだけで充分暗示になると思う。まあ、不二から真相を聞かされた俺には、もうそんな思い込みは通用しなくなってしまったが。
「ん」
 背後から聴こえる声。背中に、不二の手が触れる。俺はそれに過剰なくらいの反応をしてしまった。深呼吸をし、胸の高鳴りを鎮める。
 胸の高鳴り?
 もしかしたら、俺は不二が無理強いをしてくる事を心の何処かで望んでいるのかもしれない。だからこんなにも緊張をしているのだろう。
 馬鹿だ。
「不二の馬鹿」
 本当は俺が一番馬鹿なのだろうが。それに気づいてくれなかった不二に、少しだけ憤りを感じた。もう一度、馬鹿、と呟く。
「馬鹿だなんて、非道いな」
 苦笑混じりの声。背後から伸びてくる腕。振り返るよりも先に、不二は俺を抱きしめた。体を密着させるように、強く。
「すまない。起こしてしまったか」
「違うよ。眠っていなかったんだ。君が眠れないのに、僕だけが眠れるわけが無いでしょ」
 耳元に唇を寄せ、わざと息を吹きかけるようにして微笑う。それだけで、鎮めた筈の胸の高鳴りが容易く呼び起こされる。
「眠れない」
「眠れないから、起きている」
「そう」
 呟く俺に不二は頷くと、体を離した。俺の肩を掴み、無理矢理に仰向けにさせる。
「でも、こうしていればきっと眠れるよ」
 俺を見下ろす蒼い眼が、近づいて来る。と、唇に一瞬だけの温もりを感じた。青黒い天井が、視界に入る。
「不二」
「体調が悪いんだから、早く寝なきゃね」
 隣に横たわった不二は、腕を伸ばして俺の頭をそこに乗せると、クスリと微笑った。空いている手で、俺の手を繋ぎ、指を絡める。
「手を繋いで、呼吸を合わせて。そうすれば僕と一緒に眠れるし、きっと同じ夢も見れるよ」
 俺の頭の下にある腕を曲げ、俺を頬を合わせるように抱き寄せると、不二は、おやすみ、と呟いた。
「おやすみ」
 まるで子供みたいなやりかただな、と思ったが。それは意外に効果があったらしく、俺の記憶は数分もせずに途切れていた。
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