60.夜(不二リョ)
「何、見てるんスか?」
 出窓に寄り掛かり外を眺めている先輩の隣に立つ。その視線を追って窓の外に目をやるけど、そこには夜空以外何も見えない。
「星空、だよ。冬ほどは綺麗に見えないけどね」
 窓の外に視線を預けたまま、俺に手を伸ばしてくる。俺はその手を取ると、自分の体に回した。口元だけで先輩が微笑い、俺を抱き寄せる。
「星なんていつでも見れるじゃないっスか。何で今、そんなもん気にしてんスか?」
「そんなものって。非道いな。綺麗だとは思わない?」
「だから、昨日と何も変わってないじゃないっスか。見飽きちゃって、別になんとも思わないっスよ」
 口を尖らせる俺に、先輩は仕方がないなと言いたげな溜息を吐いた。俺に視線を合わせ、優しく微笑う。
「同じじゃないよ。昨日と今日じゃ、星の見え方が違う」
「でも、大して変わんないじゃないっスか」
「それは、リョーマがちゃんと星空を見てないからだよ。それこそ、飽きるほど見ないと違いは判らないからね」
 額にかかっている髪を掻き揚げてそこに唇を落とすと、先輩は窓の外に視線を戻した。大切なものを眺めるような眼で、平和な星空を見ている。その眼に、俺はなんかイライラするから。思いっきりブラインドを下ろした。月光すらも入ってこないように、しっかりとブラインドを閉じる。
「……リョーマ?」
「周助のバカっ」
 顔を覗き込もうとする先輩の視線から逃れるように、俺は背を向けると、ベッドへと体を投げ出した。枕に顔を押し付ける。
 暫くそうしてると、小さな溜息が聴こえてきて、俺の体が少しだけ沈んだ。隣に座ったらしい先輩の手が、俺の頭を優しく撫でる。
「ごめん。リョーマを放って置いた事は謝るよ。だから、拗ねないで」
「別に。俺は拗ねてなんかいないっスよ」
 少し楽しんでいるようなその口調に、俺はぶっきらぼうに答えた。つもりだったけど、枕に顔を押し付けてる所為で、声がくぐもってしまい、かなり情けない声色になった。
 隣で、先輩がクスクスと微笑う。
「そう。拗ねてないんだ。じゃあ、誘ってるって事なのかな?」
 俺の肩を掴み、無理矢理に仰向けにさせる。俺の手から枕を奪うと、そのまま圧し掛かってきた。じっと、俺の眼を見つめる。
「さぁね」
 呟くと、俺も先輩の眼を見つめ返した。蒼い眼が次第に近づき、唇が重なる。
「ふふ。可愛いね、リョーマ。大好きだよ」
 微笑いながら真っ直ぐに俺を見つめるその眼は、星空を見ていたときよりもずっと優しい色をしていた。
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