64.はばたき(不二リョ)
 フェンスに寄り掛かり、その向こうをじっと見つめている先輩の隣に立つ。俺の存在に気づいたみたいだけど、先輩はまだ遠くを見つめていた。ムカつくから、その視線を遮るようにして先輩の前に立つ。といっても、俺の身長じゃ、完全に遮る事は出来ないけど。
「何見てんスか?」
 でも、先輩の視線はやや下を向いていたから。俺は上手く視界を遮ることが出来たらしかった。俺と眼を合わせると、先輩は手を伸ばし、俺の頭を優しく撫でた。
「弱肉強食。自然の摂理ってヤツかな。その片鱗を見てたの」
「は?」
「観てごらん」
 俺の肩を掴み、向きを変えると、先輩はフェンスの向こうを指差した。そこには、よろよろと地面を飛び跳ねている一羽のスズメ。
「スズメが、どうかしたんすか?」
「もうちょっと観てなよ」
 囁くような声で、先輩は言った。その直後に、近くの木から飛んできたカラスが、スズメに向かって飛んできた。辛うじて直撃は避けたようだったけど、既に傷を負っているらしいスズメは、数メートルも飛ぶことが出来ず、地面へと落下した。
「多分、食べようとしてるんだ。烏は雑食だから」
 二度目の襲撃。俺は観ていられなくなって眼をそらしたけど。先輩はまだスズメを見つめているようだった。
「助けてあげないんすか?」
「それが本来あるべき姿だろうからね」
 見上げる俺に、先輩は眼を合わせると、醒めた声で言った。その眼も、冷たい色をしている。
「冷たいんスね」
 先輩の眼も、傷ついたスズメも見ていたくなくて。俺はそのまま俯いた。頭に、優しい重みを感じる。
「でも。僕は悪魔サマだから。自然の摂理は通用しないんだよね」
 俺の頭を撫で、クスリと微笑う。先輩の言葉の意味が理解らずに顔を上げると、だって僕のこと悪魔みたいだって言ってるでしょ?と愉しそうに言った。俺から手を離し、歩き出す。
「何する気?」
「彼と悪魔の契約を交わすのさ」
 慌てて追いかける俺の手を握ると、先輩はスズメのもとへと向かった。
 傷ついているスズメをそっと掌に乗せる。
「……助けるの?」
「違うよ。契約。取り敢えずは手当てしなきゃね」
 カラスに狙われないようにと蓋をするようにもう片方の手を乗せると、先輩は部室に入った。救急箱を取り出し、手当てをする。
「随分と慣れてるんスね」
「昔、よく裕太が傷ついた動物を家に連れてきたからね」
 話ながらテキパキと処置をする。俺は何をしているのかすら理解らずに、ただ先輩を見ていた。そのうち、よしっと、と先輩が呟いた。
「さて、雀くん。悪魔と契約をしてもらおうか」
 ふふふ、と微笑うと、先輩はスズメの頭を指で優しく撫でた。
 本当にこのヒト、『悪魔の契約』とやらを交わすつもりなんだろうか?
「これ、どうするんスか?」
 先輩の掌で、全く動こうとしないスズメ。俺も、恐る恐るその頭を撫でてみたけど、それでも動かない。
「傷が癒えるまで、僕のうちで飼うよ。その代わり、傷が癒えて彼が大空へ羽ばたく瞬間は、しっかり撮らせてもらうから」
「……それが契約ってこと?」
「ま、そんなとこかな」
「なーんだ。契約って言うから、もっとすごい事かと思った」
 スズメから手を離し、俺は大きく伸びをした。先輩が、隣でクスクスと微笑う。
「だって、僕は人間だしね」
 こんな優しい悪魔はいないよ。呟くと、先輩は掌で弱っているスズメを優しく撫でた。その姿に、悪魔と言うよりも天使かもしれない、と思った。
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