67.曇り空(不二塚)
 淀んでいる灰色の空を見て、オレは溜息を吐いた。
 窓から吹き込んでくる重く湿った風に、気分まで重たくなる。
 オレはこの空の色が好きではない。雨でも降ればまた別なのだが、晴れでも雨でもないこの中途半端さが好きではない。
「でも、朱色の空は好きなんでしょう?」
 不二は椅子を持ってくると、オレの視線を遮るようにして座った。頬杖を解き、不二に焦点を合わせる。
「部活、今日は休みにしたんだってね」
 オレと目が合ったのが判ると、不二は微笑った。その笑顔は雲ひとつ無い青空のようで。綺麗だ、と素直に思った。
 だが、視線をずらすと、相変わらずの鈍色。また、溜息を吐く。
「気分が乗らなくてな」
「珍しいね。君でもそんな事あるんだ」
 クスクスと微笑うと、不二は椅子を動かした。オレの隣に並び、はっきりとしない空を眺める。
「いつもなら、雨が降りそうだからって早めに部活を始めるのに」
「だからだ。雨が降ると判っているなら、わざわざ中途半端に部活をする必要は無い。その分、体を休めた方がいい」
「へぇ…。考え方、変えたんだ」
「ここのところ、皆の動きもあまりよくなかったからな」
「ふぅん」
 窓の向こう、誰もいないコートを見つめる。余りにも静か過ぎる風景に、オレは思わず目をそらした。振り向いた不二と、目が合う。不二はクスリと微笑うと、オレの頬に手を当て、触れるだけのキスをした。
「ねぇ。何で曇り空が嫌いなの?」
 額を合わせて見詰め合うと、不二は訊いた。
「……別に、嫌いではない」
「嘘。だって、溜息吐いてたよ?」
「好きではないだけだ」
「でも、夕焼けと朝焼けは好きなんでしょ?」
「……まぁな」
 頷くと、額が擦れて小さな音を立てた。
「じゃあ、何で曇り空は嫌いなの?」
 不二は額を離すと、体ごとオレのほうを向いた。真っ直ぐに、オレを見つめてくる。
「どうせ、中途半端だからだとかなんだとかって言う理由でしょ?」
 なかなか答えないでいるオレに、不二は微笑いながら言った。頷くと、やっぱりね、と呟いてまた微笑う。
「でも、夕焼けも朝焼けも、中途半端だよ?」
「……それは、そうだが…」
「でも、曇りは駄目なんだ」
「……ああ」
 言われて、気がついた。考えてみれば妙な話だ。雨が駄目だというのなら、湿った空気にしてしまう雨雲も嫌いだといえるが、オレは雨が嫌いなわけではない。
「世界を二分しようとするからいけないんだよ。全ての人の行動が、善か悪かに分けられないように、天気だって晴か雨かじゃ分けられない。というか、そもそも、『分ける』っていう感覚自体可笑しいのかもしれないね」
 クスリと微笑う。不二は再びオレの頬に触れると、キスをした。今度は、少し長めのそれを。
「僕の手塚に対する気持ちだって、好きか嫌いかだけじゃ表せないもの」
 唇を離し言うと、夕焼けのように頬を真っ赤に染めたオレに、不二は青空のような笑顔を見せた。
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