72.本日は晴天ナリ(不二乾)
「あーあー、只今マイクのテスト中」
 今日は体育祭。誰が晴れ男なのか知らないが、梅雨どきなのに良く晴れたものだと思う。というより、晴れすぎだ。まだ朝の7時なのに、立っているだけで汗ばんでくる。
 別に俺は放送委員ではないのだが、機械音痴の委員長に頼まれて、こんな朝からマイクのセッティングをしていた。この天気を予想できなかったわけでは無いのにこんな仕事を引き受けてしまった俺も俺だが、何もすることが無いのに(ただ手伝ってくれないだけというのが本当の所ではあるが)こんな朝っぱらから俺の背中を見続けている奴も可笑しいと思う。幾ら来賓のテントの下とはいえ、ジャージ上下着用というのも、可笑しい。日に焼けるのが嫌だから、と言っているが、それならテニス部に入っていること自体が可笑しくなってくる。まあ、実際の所は、3日前に俺が腕につけてしまった爪痕が消えていないからなのだろう。
「あーあー。本日は晴天なり…」
 熱視線を何とか無視して、俺は言葉を続けた。と、途端、その視線が俺の背中から消えた。マイクのスイッチを消し、振り返る。不二は俯き加減に口を押さえていた。その肩は、微かに震えている。
 マイクのテストもそこそこに、俺は溜息を吐くと、不二に近づいた。
「……何がそんなに可笑しいんだ?」
 不二の隣、来賓用の椅子に座ると、俺は言った。顔を上げた不二は、何がそんなに可笑しいのか、目にうっすら涙を溜めていた。
「だってさ、そんな漫画みたいなことしてるヒトがまだ居たなんて思わなくてさ」
 クスクスと今度は声を上げて笑った。そのまま、俺の肩にもたれてくる。
「何のことだ?」
「だから『本日は晴天なり』って」
 まだ笑いを引きずっているから、不二は俺の肩からずるずると前のほうへ滑っていった。そのまま、俺の膝に頭を乗せる。
「普通言うだろ。小学校のときに放送委員だったが、先生も生徒もそう言っていた筈だ」
「……じゃあ、僕が少数派なのかな」
 呟くと、不二は妙な大勢が辛かったのか、身体を起こした。俺に触れるだけのキスをし、また、肩にもたれる。
「イイコト教えてあげる」
 だから乾も今日から少数派の仲間入りするんだよ?
 不二の言葉に、わけが解からないながらも頷くと、不二は満足そうに微笑った。
「あのね『本日は晴天なり』っていうのは、『It's fine today』を日本語訳しただけなんだよ。英語でそれを発音すると、母音とか子音とか破裂音とか…まあ、色んなものが含まれてて、テストに最適なんだ。だから、それを日本語で言うのは無意味なの。Do you understand?」
最後の英語だけ、妙に『らしい』発音で言うと、不二はクスクスと楽しそうに微笑った。俺から体を離し、立ち上がる。
「……不二?」
「じゃ、もう一回」
 俺の手を引くと、太陽の光が目一杯降り注ぐグラウンドに連れ出した。マイクの前に俺を立たせ、スイッチを入れる。
「さ。英語でテストをしてみようか、貞治くん」
 ニッと微笑って、どうぞと促す。が。俺はマイクに立ったまま、何も言えないでいた。
「どうしたの?あ、そっか。乾はライティングは出来ても、スピーキングは苦手なんだっけ」
 思いっきり日本語英語だもんね。ディスイズアペンだもんね。クスクスと笑いながら、何度もディスイズアペンを繰り返す。俺は溜息を吐くと、うるさいぞ、と不二を叱った。Sorry.微笑いながら答える。咳払いをすると、不二は真面目な顔で俺に向かった。
「じゃ。僕のあとに続いてね。It's fine today.」
「…………」
「乾。Repeat after me. It's fine today.」
「……本当に、言わなければ駄目か?」
「うん」
 不二はいい。マイクに向かわずに呟いているから。だが。
「そんなこと恥ずかしげも無くいえるのはお前くらいだ。俺には出来ない」
 情けないと思いながらも、俺はマイクをスタンドから外すと不二に渡した。
「…何?」
「不二が、テストしてくれ」
「駄目。いいかい、乾。知識(データ)は使わなきゃ意味がないんだよ?」
「………」
「はい。言ってみて」  残酷なほどの優しい笑みを見せると、不二はマイクを俺の手にしっかりと握らせた。口元は微笑っているのに、早く言え、とその眼が睨みつけてくる。
 や、やっぱり、言わなければ駄目なのか…。
 俺は溜息を吐くと、観念して大きく息を吸い込んだ。
「イッツファイントゥデイ。……これでいいか?」
「駄目だね。越前に教えてもらえば?」
 はぁ…。
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