73.前略(不二塚)
 机の引出しを整理していたら、その奥で大切にしまっておいた手紙が目に入った。懐かしいそれを手に、ベッドに仰向けに横たわる。封筒から取り出し、部屋の明かりを透かしてみた。
 綺麗な字で書かれているそれは、何度読み返しても、初めて読んだ時の気持ちを思い出させてくれる。
「前略 不二周助様」
「わーっ。読むなっ!」
 僕が声を出したことで、それが何か判ったのだろう。誰?と思わず問いかけたくなるような声をあげると、彼は僕の手から手紙を奪った。その顔は、耳まで赤い。
「こんなものっ…まだ持っていたのか」
「うん。だって、それは僕の宝物だからね」
 彼からもらった、初めての『好き』。それは、彼の数少ない『好き』の一つでもある。
「だってさ、手塚って、あんまり自発的に好きって言ってくれないじゃない?」
「……お前が言い過ぎなんだ」
「だって、手塚好きなんだからしかたないよ。……それにさ、声は目に見えないし、残らないけど。これは目に見えるし、ちゃんとカタチとして残ってる。こんな貴重なもの、捨てられるわけ無いよ」
 九州に行った彼がくれた、大切な手紙。『好き』って文字を読んだとき、凄く嬉しくなったのを覚えてる。それが、彼の淋しさから出てきた言葉だったとしても。
 ただひとつ残念だったのが、彼の口から直接聴けなかったということ。でもそのお蔭で、今でもこの手紙を読み返す度に、あのときの気持ちを思い出すことが出来る。
「だから返して。僕の宝物」
 体を起こし、彼が奪ってしまった手紙に手を伸ばす。けれど、彼は素直にそれを渡してはくれなかった。
 手紙を僕の手から遠ざける。そればかりか、その手紙をクシャクシャに丸めてゴミ箱へ放ってしまった。
「ちょっ…」
 まあ、ゴミ箱が遠すぎて、残念ながら中には入らなかったのだけど。
「……手塚?」
「五月蝿い」
 彼の突然の行動に伸ばしたままになっていた僕の手を取ると、彼はそのまま僕を抱き締めた。耳元に、彼の吐息を感じる。
「言ってやるから」
「……え?」
「そんなに欲しいのなら、何度でも言ってやるから。だから、過去のオレに思いを馳せるな。オレはちゃんと現在(ココ)に居るのだから」
 いいな、と呟く。彼が話す度に耳にかかる吐息にくすぐったさを感じながらも、僕は素直に頷いた。彼の腕から、力が抜ける。体を離すかわりに、僕らは額を重ねて見詰め合った。
「じゃあ、言って。好きって」
「………あ、ああ」
 言ってやる、とは言ったものの、やっぱり恥ずかしいらしかった。顔を耳まで真っ赤に染めたままで、なかなか言おうとしない。仕方がない、のかな。
「ねぇ。僕は手塚が好きだよ。手塚は?」
「オレも、不二が好きだ。……好きだ」
 最後は自分で響きを確かめるように、呟いた。
 彼の照れが伝染したのか、僕も何だか恥ずかしくなってきて。少し頬が赤くなった事に気づかれる前にと、僕は彼にキスをした。


「ごめんね、手塚」
「……何だ?」
「実はあの手紙、コピーなの。気づかなかった?」
「なっ…」
「まあ、あれだけ焦ってたんだから、気づかないのも無理ないか。だってさ、読み返しているうちにボロボロになってきちゃったから。だから、ごめんね」
「…おい。という事は、本物は…」
「うん。ちゃんと他の所に保管してある」
「………」
「でも安心して。もう昔の手塚には思いを馳せないから。ねっ。だから、さっきの言葉、無効にしないで?」
「……し、仕方ないな」
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