76.花(不二塚)
「何をしているんだ?」
 花壇の隅に腰掛け、何かをしているその背中に問いかけた。
「んー。ちょっと…」
 手招くその腕を伸ばすと、不二は半ば無理矢理にオレを隣に座らせた。
「……サルビア?」
「綺麗だよね。でも、それだけじゃないんだ」
 無邪気な笑みをオレに見せると、不二はサルビアの花を一つ手に取った。下の方を咥える。
「不二?」
「下の所をこうするとね、蜜が吸えるんだ。美味しいんだよ」
 蜜を吸い終わったらしい赤い花を花壇の隅に置くと、不二は再びサルビアに手を伸ばした。一つ摘み、オレに差し出す。
「何だ?」
「やってみない?」
「……オレは、別に」
「汚い?でも、これなら平気でしょ」
 手を胸の前で広げて断るオレに、不二はクスリと微笑った。蜜を吸った後で、オレの手を掴み、引き寄せる。
「…んっ……」
 不二の体温と共に伝わってくる、仄かな甘味。
「ね。美味しいでしょ?」
 唇を離した不二は、悪戯っぽく微笑った。
「……不味くは、無い」
 不二の笑顔から顔を背けながら呟いたオレの頬は、そこにあるサルビアよりも赤くなっていた。


「でも、気をつけてね」
「何だ?」
「レンゲツツジって花には毒があるらしいから。余り美味しいからってやたらと花の蜜を吸ってちゃ駄目って事」
「……そんなことをするのは、お前だけだ」
「綺麗な花には棘があるってね。知ってる?」
「…いいや」
「そう。でもまあ、覚えてなくていいよ。この言葉は、あてにならなかったから」
「?」
「だって手塚には棘がないもの。綺麗な手塚は、どこまでも優しくて甘いんだ」
「……オレは」
「ん?」
「オレはもっと早くにその言葉を知っておくべきだったのだろうな」
「何で?」
「……不二周助には、棘があるからだ」
「…………へぇ……」
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