84.お買い物(不二乾)
「ねぇ、これなんかどう?」
「……却下」
「じゃあ、これ」
 子供がお菓子をねだるかのように、不二は俺の下へ次々と思い当たる食材を持って来た。中には、どう加工したら食べれるのか理解らないようなものまで。
「却下」
 買い物カゴを不二から遠ざけ、言い放つ。不二は駄々こそはこねなかったものの、不満げに頬を膨らせた。溜息を吐く。
「不二。今日の買い物の目的をちゃんと理解っているんだろうな」
「理解ってるって。買い物デート、だよね」
 笑顔でそう言うと、不二は俺の手から買い物カゴを奪い取った。自由になったそこに、指を絡めてくる。
「お、おい」
「デートなんて久しぶりだよね。乾ってばここのところ、海堂のトレーニングに付き合ってて忙しかったから」
 棘のある言い方。しかも笑顔だから、余計に怖い。
「…それは、すまなかった」
 こういうときは、素直に謝るに限る。
「うん。いいよ。気にしてたけど、今日のデートが楽しいから許してあげる」
 俺の反応を愉しむかのように、クスクスと不二は微笑った。腕に頬を寄せてくる不二に溜息を吐くと、何か変なものを入れられる前にと俺はカゴを取り戻した。
「あーあ。これ入れようと思ってたのに」
 残念そうに溜息を吐く不二が持っていたのは、いつの間に持ってきたのか、栄養ドリンクだった。慌てて、カゴを不二の手の届かない所へと持っていく。
「デートも、まぁ、そうだが。今日は乾汁の新作の材料を買いに来たんだ。どうせ食材を持ってくるなら、ここに書いてあるものにしてくれないか」
 不二から手を離すと、ポケットからノートの切れ端を取り出した。そこには、昨日徹夜で考えた乾汁の材料が書いてある。
「……冬虫夏草は無いと思うけど。あと、スッポンも」
 俺のメモを見て、呆れたという風に言う。その後で、不二はクスクスと不気味に笑い出した。
「何が可笑しいんだ?」
「っていうかさ。この食品に含まれてる成分って、多分、栄養ドリンクに入ってるものと一緒だよ」
 ほら。言いながら、不二はまだ持っていた栄養ドリンクを俺に見せた。箱に書いてある成分表を見る。
「……本当だ」
「だったら、あんな不味いもの作ってわざわざ皆から反感買うようなことしなくてもさ。栄養ドリンク買ってあげれば良いんじゃない?」
 思っても見なかった簡単な方法。不二はクスリと微笑うと、俺の手から栄養ドリンクと買い物篭を奪い取った。食品、返してこなきゃね。愉しげに不二が微笑う。それに頷きかけて、俺は首を横に振った。ここで栄養ドリンクなんかに切り替えたら、今までの俺の努力が全て無駄になってしまう。
「だ、だが。アレは罰の役目を果たしていてだな…」
「僕には罰になってないけどね」
 俺の手を引き、来た道を引き返す。食材を元の位置に並べながら。
 ………まずいな。
「……ほ、ほら、不二」
「何?」
「乾汁を作らなくなるって事は、不二は俺との買い物デートが出来なくなるって事だ。それでもいいのか?」
 不二の目の前にピンと立てた人差し指を差し出し、言う。ここで不二が頷いてしまったら、俺はきっと明日、乾汁の被害に遭った奴等から私刑を受けることになるだろう…。それだけは、避けなければならない。
「……いいよ、別に」
「なっ…」
「乾とのデートなんて、いつでも出来るからね」
「…………。」
「でも、まあ。そんなに君が皆からの嫌われ者になりたいのなら、僕は何も言わないよ。それに、皆から嫌われてくれたほうが、僕としても助かるしね」
 乾を好きでいていいのは僕だけなんだから。
 ふふふ、と意味深に微笑うと、不二は俺の手を引き、再び食材をカゴに入れはじめた。
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