86.おもちゃ(不二切)
「頼みますよ。もうボールぶつけたりしませんから。オレと試合してくださいよ」
 僕の隣を、顔を覗き込むようにしながら歩く。前が見えてないんじゃないの?ってちょっと気になるから。
「どうしようかな…」
 悩むフリをしながら、少しずつ進行方向をずらしてみる。彼は僕が次に出す言葉に気を取られてて、そんなことには気づいていない。
 ほら、もう少し…。
「でっ」
 ガツン、と音を立てると、彼は額を押さえた。その場にしゃがみ込む。
「大丈夫?」
 うーん。やっぱり前は見えてなかったか。吹き出しそうになるのを堪えながら手を差し出すと、彼は、大丈夫じゃないっスよ、と呟きながら僕の手を取った。片手で額をさする彼の目には、薄っすらと涙が溜まっていて。本当に痛かったんだな、なんて思って、また吹き出しそうになった。どうしてだろう。可哀相だな、なんて気は全然起きない。
「ったく。この電柱め。こんな所に建ってんじゃねぇよ!」
 目に溜まった涙を拭い、電柱を睨みつけると、彼はそれに十六文キックを喰らわせた。でも、相手は電柱。反動がそのまま彼に返ってきてしまい、バランスを崩した彼は見事に尻餅を吐いてしまった。
「ふっ」
 今度は僕のせいじゃないから。遠慮なく声を上げて笑った。見ると、彼は少し頬を赤くしながら僕を見ていた。
「切原くんって、見てて飽きないよね。面白いなぁ」
 微笑いながら、手を差し伸べる。彼はしっかりと僕の手を握ると、勢いをつけて立ち上がった。
「じゃあ、オレと試合しましょうよ。そしたらもっとオレのこと見てられますよ」
「そういう意味じゃ、無いんだけどね」
 顔を赤くしたままニヤける彼に、僕は苦笑した。見てるのは良いけど、関わりは持ちたくないかな。呟くと、彼の頬の赤みは瞬時にして引き、そのまま俯いてしまった。
 コロコロと変わる感情。それを素直に表す彼。本当に、見てて飽きないと思う。ペットとか、オモチャとか。そう言った関係だとしたら、結構長く付き合えるのかもしれない。まあ、彼がそれで良ければの話だけど。
「そうだな。試合はしないけど。時々ならこうやって君と話すのもいいかもしれないな」
 また、電柱に額をぶつけるなんて漫画でも見ないようなことをやってくれそうだし。って。そうさせたのは自分なんだけどさ。
「……マジっスか?」
「うん。マジ」
 僕の頷きに、彼は顔を上げると、驚くほど顔をニヤけさせた。その足取りも、少し軽くなったように思える。
「但し」
 彼が調子に乗る前にと、僕は人差し指をピンと立てると、彼の前に出した。
「連絡は僕のほうから取るから。それまではちゃんと待ってること」
 いいね?呟いて、まだ赤い彼の額を突付く。彼は額を押さえると、少し不満そうな顔をした。
「…そんなこと言って、連絡してこないんじゃないっすか?」
「そうして欲しいなら、そうするけど?」
 クスクスと微笑って、少し歩調を速める。視界から消えた彼が、暫くしてまた戻ってきた。今度は、酷く情けない顔。
「あーっ。オレが悪かったっス。信じます。不二サンのこと信じますから。だから、ちゃんと連絡してください」
 両手を顔の前で合わせながら、何度も頭を下げる。その姿は、乾電池で動くオモチャのようで。
「うん。連絡するよ。約束」
 僕は笑いながらいうと、その動きを止めるように彼の頭をポンポンと軽く叩いた。
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