87.人形(不二リョ)
「……なんスか、これ」
 不二先輩の机の隙間に落ちていたものを手に取ると、俺はそれをベッドに座って本を読んでいた先輩に向けて見せた。本を閉じると、ああ、と思い出したように先輩は微笑った。俺を手招き、膝に座らせる。
「これね」
 貸してごらん。呟いて、俺の手からそれを受け取ると、逆の手で先輩は俺の髪を一本抜き取った。
「痛っ。何すんスか!」
「まぁまぁ、いいから」
 生理的な涙で、ほんのちょっと先輩の顔が滲んで見える。それを俺が拭うのを待ってから、先輩は得体の知れないそれの真ん中あたりを割った。そこに、さっき俺から無理矢理抜いた髪の毛を入れる。
「これね、藁人形って言うんだ。藁で作った人形」
「……これが人?」
 言われてみれば、人型に見えなくも無いけど。でも、こんなの作ってどうすんだろ?変な趣味。
「そう。藁人形ってね、呪術の道具に使うんだよ」
「……じゅじゅつ?」
 って。呪いのこと?
「この藁人形の腹にね、髪の毛を入れて、呪文を唱えるんだ。そうすると、その相手はこの藁人形の通りに動くの。姉さんに教わったんだ。既に裕太で実験済み。そして今ここには、リョーマの髪が入ってる。…ふふ。信じられないって顔してるね。何なら、やってみるかい?」
 ふふ、と不気味な笑みを浮かべると、先輩は俺を膝から下ろした。藁人形を口元へ持っていき、何かを囁こうと…。
「っ。止めてくださいよ」
 先輩の口から言葉が出る前に、俺はその人形を奪い取った。何とか中から自分の髪を見つけ出し、それを床に捨てる。
「別にそんなに慌てなくても。冗談なのに」
 残念そうに呟く。その姿は、冗談だというようには見えない。それに、さっきの不気味な笑み。例え冗談だったとしても、嫌すぎる。
「だから、冗談だってば」
 クスクスと、今度は本当に楽しそうに微笑うと、先輩は再び俺を膝に乗せた。
「もし本当にそんな事できたとしても、リョーマにはやらないよ。だって僕は、思い通りに動いてくれないリョーマが好きなんだからね」
 呟いて、俺の首筋に唇を押し当てる。この先にすることを示すようなそれに、俺は身悶えた。
「…………せに」
「リョーマ?」
「そんなこと言って。いっつも俺を自在に操ってるクセに」
「でもそれは、リョーマも望んでることでしょう?」
 クスリと微笑う先輩に、俺は顔を真っ赤にしながら頷くしか無かった。



「あ」
「ん?」
「でもじゃあ、何で藁人形(こんなもん)持ってんすか?」
「ああ。これは、リョーマに近づく悪い蟲どもを追い払う為だよ。結構大変なんだよ。そいつの髪を見つけて、夜中に誰にも見られないような場所探して、五寸釘打ち込むのは」
「…………。」
「ん?どうしたの?」
「……だったらまだ、操られる方がマシな気がする」
「???」
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