90.ジャポニズム(乾海)
「何これ。へったくそ…」
 乱雑に置かれた本の隙間から出てきた、一枚の紙。
「お前には、これを理解するのはまだ早いってことかな」
 はは、と軽く微笑うと、先輩はおれの手からそれを取り上げた。簡潔すぎる人の顔。恐らく青学メンバーであろうという事は理解る。だが、それは描かれている服装がレギュラージャージであるからであって、顔は特徴が無くて誰だかわからない。
「それ、先輩が描いたんすか?」
「そうだ。上手いだろ」
「そっちのノートに描いてある奴のが上手いと思いますけどね」
 少し胸を張って言う先輩に、おれは溜息混じりに言って、いつものデータノートを指差した。
「……そうか」
 その呟きが、どことなく淋しそうに聴こえた。それが可笑しくて、おれは思わず笑ってしまった。先輩の眼鏡が、一瞬だ光る。
「自分の無知を棚に上げて笑うとは、失礼だなっ」
「んっ」
 まずい、と思ったときにはすでに遅く。おれは勢いよく飛び込んできた先輩に、唇を塞がれてしまった。そのまま、ベッドに身体を強く押し付けられる。
「無知って…?」
「浮世絵って、知らないか?」
 唇を離し見上げるおれに、先輩はさっきの紙を視界いっぱいに見せた。
「浮世絵…」
 って確か、先々週までの国語の題材になってたアレか?
「確かに、そう言われれば、そんな風には見えなくもないですけど」
「だろ?」
 言ってキモイくらいの笑みを見せると、先輩はやっとおれの視界を塞いでいる紙を退けた。自分でそれを見つめ、ふふふ、と満足げに笑う。
「でも、何でそんなこと?」
「ジャポニスムだよ、ジャポニスム。俺は海堂と違って貧乏だからな。日本に趣を置くしかないんだよ」
 まあ、俺と一緒にいる限り、海外は愚か俺の側半径10Km以上へは行かせないがな。
 真面目な顔で、ふざけてるんじゃないかというくらい眼鏡を光らせて言うと、先輩は離さないとでも言うように強く俺を抱き締めた。



「……ところで」
「何だ?」
「あれ、誰がモデルなんですか?」
「何言ってんだ。海堂、お前に決まってるじゃないか。嬉しいだろ?」
「…………ありがとうございます」←棒読み
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送