91.旅(不二切)
「だってほら、オレ、方向音痴じゃないっスか」
 どこをどうやったら、そんなバレバレの言い訳が思いつくのか。その頭の中を覗いてみたくなる。
「嘘を吐かないの」
「嘘なんか言ってないっスよ」
「あのねぇ、赤也。僕の家への路は知ってるんだから、普通なら途中で気づく筈だよ。それにほら、顔、にやけてる」
 その顔を指差しながら、呆れたように言う。彼は、ヤベッ、と呟くと急いで顔を元に戻そうとした。まあ、無意識でそうなってしまったものを意識してどうにかするなんてのは、かなりの精神力を必要とするわけで。案の定、彼は元に戻したつもりでも、その顔は誰が見ても理解るくらいににやけていた。
 溜息が出る。
「まぁいいや。とりあえず、上がりなよ。こうして話してても暑いだけだしね」
「まじっスか!?」
 僕の言葉に、彼の顔が更ににやける。但し、と付け加えると、僕は彼が持ってきた馬鹿でかいバッグを持ち、思いっきり彼に投げつけた。上手い具合に彼の鳩尾に嵌ったらしく、ウッという呻き声が聴こえた。
「日帰りだけどね」
 言って意地悪な笑みを作って見せると、彼は、そんなぁ、と大袈裟にうな垂れた。理解りやすい、犬のような感情表現に、思わず笑ってしまう。
「折角なんだし、いいじゃないっスか。もう、泊まる準備は万全なんスよ」
「だってそれ、僕のところに泊まりに来るためじゃなく、武者修行の旅に出るためのものでしょ。違う?」
「そっ、それは…」
 理解りやすいくらいに口篭もる。僕はクスリと微笑うと、彼の手を取った。
「不二サン?」
「正直に言ったら泊めてあげても良いかな。でも、僕が嘘だとみなせば、すぐに帰ってもら…」
「本当はオレ、不二サンの家に泊まりにきたんス!」
 僕の言葉を遮ると、彼ははっきりとした口調で言った。
「正直に言いましたよ。泊めてくれるんスよね?」
 僕の手を強く握り返し、期待に目を輝かせる。
「約束だからね。良いよ」
 彼の手を引き、玄関への鍵を開ける。さぁどうぞ、と言う前に、彼は遠慮なく中へと入っていった。部屋へと続く階段を上るその後ろ姿に尻尾が見えて。僕は笑った。
「そうだ」
「ん?」
「オレ、1週間分のお泊りセットもって来てますから。思う存分部活の無い夏休みを楽しむつもりなんで。そこんとこ、よろしくお願いしますね」
「……………ま、しかたないか」
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