93.ささやき(不二乾)
「ねぇ、乾」
「……気配を断って近づくの、やめないか?」
「その割には、大して驚いてないじゃない」
 突然背後に現れた不二への驚きを隠し平然と返すオレに、不二はクスクスと微笑った。腕を組むようにして俺の腕を引き、ベンチに座らせる。
「ああ。驚いてなかったわけじゃないんだね」
 だって乾、ドキドキしてる。
 ベンチに座った俺を背後から抱き締めると、不二は俺の胸に手を当てた。耳元で、クスクスと微笑う。
「俺はこう見えても結構臆病なんでね」
 溜息混じりに言う。不二は、そうだね、と言うとまた微笑った。俺を強く抱きしめる。
「でも、乾のそういうとこ、好きだよ」
 見た目とは反対の、低い声。耳に唇を寄せ、不二は囁くようにして言った。その心地良い振動に、少し、頬が熱くなる。
「……不二」
「ん?」
「そんなにくっつかれると、暑くてたまらない」
 その動揺を悟られないように、俺は、暑い暑い、と呟きながら、手を扇のようにして顔を仰いだ。その手を、不二に取られる。
「でも、乾は好きでしょう?僕の声」
「うっ、るさい。それにみんながいるんだ。いいから離れてくれ」
「練習に一生懸命で気づいてないよ」
「そういう問題じゃなくて、だな…」
「……離れるって事は、皆に気づかれるような声で、乾を好きだって言う事になるけど。それでもいいんだね?」
 どうする?耳に息を吹きかけると、不二は愉しげに微笑った。
 何故そんな二択を迫られなければならないのか。別に、不二が俺を好きだと言わなければ良いだけの話なのだが。
「ん?」
 横目で見る俺に視線を合わせると、不二は意地の悪い笑みを浮かべた。
 駄目だ。こういうときは不二の選択に乗るしかない。こいつには理詰めで言っても無駄だからな。
 だが、こんなにも密着した状況で、こんな風に囁かれ続けたら、俺の精神も身体も大変なことになってしまうだろう。恐らくは、あと200字が限界だ。
 だからといって、大声で言われるのも困る。
「そんなに困らせるつもりじゃなかったんだけどな」
 溜息混じりにいうと、不二は俺の頬に自分のそれをくっつけてきた。
「じゃあ、条件。乾が僕に好きって囁いてくれたら、離れてあげる」
 僕も、乾の声が好きなんだ。
 言って、頬を離す。そのかわりに、俺の背中と不二の胸がピッタリとくっつくように強く抱きしめてきた。俺にその耳が見えるように、その顔を移動させる。
「どうする?」
 徐々に俺に体重を掛けてくる。それはまるでカウントダウンのようで。
「し、しかたないな」
 これから言おうとする言葉に対する緊張を振り払うように呟くと、俺は不二の耳に唇を寄せた。
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