97.森(周裕)
「……まーた、こんなところで」
「あーあ。見つかっちゃったか」
 嬉しそうに微笑うと、兄貴はオレに手を差し伸べてきた。それを、首を横に振って断る。
「飯だってよ。親父いるんだし、早く来ないとなくなっちまうぜ?」
 年に一度の家族での森林浴。八月も半ばで、ニュースでは気温が40度に到達するかしないかで騒いでいると言うのに、ここは相変わらず涼しい。
「今、ちょうどいい風が来てるから。もう少しここにいるよ」
 穏やかな声で言うと、兄貴は眼を瞑った。それを合図にしたかのように、木々がさわさわと風に揺れる。木漏れ日が降り注ぐ兄貴は、まるで宝石のように輝いて見えた。
 眼を擦り、阿呆らしい妄想を振り払う。
 ここは兄貴のお気に入りの場所で、毎年、オレたちから離れてここに来ている。家族と来たときだけならまだしも、オレを無理矢理連れて二人で来たときも、独りでこの木に登り座っている。
 多分、戻って姉貴たちに事情を話せば、相変わらずなんて微笑いながら言うんだろうけど。オレは微笑えない。
 嫌なんだ、こういう感じ。凄く淋しい。兄貴の世界から、弾き出された気持ちになるから。
 いや、違うか。オレは自分から出て行ったんだ。さっきだって、差し伸べてきた兄貴の手を、オレは断った。
 ったく。しょうがねぇ。
 溜息を吐くと、オレは一番下にあった枝に手を伸ばした。それに気づいた兄貴が、眼を開ける。
「裕太?」
「オレも、座ってもいいだろ?」
「……いいよ」
 何かを読み取ったのか、兄貴は嬉しそうに微笑うと、またオレに手を差し伸べてきた。
「…ああ」
 何ともなしに頷くと、オレは今度こそしっかりと兄貴と手を繋いだ。
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