101.風(不二リョ)
『さあ、もう一球いこうか…』
 風を全身に感じながら、先輩は言った。
 あんな大技を繰り出しておきながらの、余裕の笑み。
 そして、その挑発的な言葉は、確実に俺に向けられていた。
「のに、なーんでアンタはこう…」
 いつまでも俺をおちょくるようなプレーしかしてくれないの?
 5-7。届きそうで届かない(というか、実際俺は遊ばれててただけだけど)。その結果だけを残して、先輩は俺の目の前から消えた。
 消えた、というか。ただ、コート隅のベンチに座っただけなんだけど。
 帽子を深く被り直し、俺も先輩の隣に座る。首にタオルをかけた先輩は、眼を瞑り、天を仰ぐようにして風を感じていた。その口元にうっすらと浮かんでいる笑みに、あの時の鼓動が蘇ってくる。
 先輩のプレーにはいつも魅せられるけど。あれは、今までのものと比べものにならないくらい俺を魅了した。今度はベンチからじゃなく、正面から見たい。そう強く思った。風のような先輩のプレーを。あの技を。
「白鯨」
「ん?」
「あの時は、俺のために見せてくれたのに。何で今は見せてくれないんスか?」
 目を開けた先輩に、俺は頬を膨らせて言った。
「あれはね。ノリだよ。もうサービス期間は終わり」
「ケチ」
「ケチで結構」
 更に頬を膨らせる俺にクスリと笑うと、先輩はバッグから水滴のついたファンタを取り出した。膨らんだ俺の頬にそれを押し当てる。
「っ」
 予想してた以上の冷たさに、俺の頬は一気にしぼんだ。そんな俺を見て先輩がクスクスと微笑う。プルトップを開けると、ファンタを俺に渡した。それに口をつける。
「見たいなら、打たせてみなよ」
「ん?」
「白鯨」
 缶に口をつけたまま、先輩を見る。俺を真っ直ぐに見つめていた先輩は、口元にあの余裕の笑みを浮かべていた。
「いいんスか?そんなこと言ってると、後で後悔しますよ?」
 ファンタを置き、俺も先輩を真っ直ぐに見つめると、不敵に微笑って見せた。
 ふふ、と先輩が微笑う。
 それを合図にしたかのように、突風が吹いて。巻き起こる埃に、俺は目を瞑った。瞬間、唇に温もりが宿る。
「……不二先輩?」
「まだまだだね」
 そんなんじゃ、いつまで経っても僕には勝てないよ。
 唇に手を当ててその感触を確かめている俺に言うと、先輩はまるで風の支配者であるかのような表情で微笑った。
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