102.トランス(不二乾)
「っあ……」
 僕自身の指によって導き出された声。それに、脳内を侵されていく。
「乾」
「んっ……不二っ」
 名前を呼べば、僕の名前が返ってくる。だけど、それは単なる反応でしかない。
 彼は今、トランスの中にいる。僕によってそこに引き摺り込まれた。
 そう。彼を呼び込んだのは僕。なのに、その彼によって僕は、トランスの入り口に立たされている。
「あぁ…ん」
 奥まで入れた指を強引に折り曲げると、いつもは真っ直ぐな背を曲げて僕を誘う。更に強い刺激を、と。
「不二…もっ、早く…」
 潤んだ目。シーツを掴んでいた手を離し、僕の頬を包むと、キスをしてきた。決して大胆ではないけど、誘うような舌の動きに。僕は躊躇いもせずにそれに乗った。深く舌を侵入させ、漏れる吐息も何もかもを絡めとる。
「頼むから…」
 彼にとっては既に不充分になってしまった刺激。生温いそれに彼は苦痛の表情を浮かべると、僕に言った。普段余り感情を表に出さない彼の、総てを曝け出したかのような声。
 その甘い声が、僕の脳を融かして行く。
「どうしようか、乾」
 触れるだけのキスをし、指を引き抜く。彼は名残惜しげな声を上げながらも、次に来る強い刺激に期待の眼差しを向けた。
 自然と、笑みが零れる。
 充分過ぎるほどにならしたそこに、彼の欲しがっているそれをあてがうと、僕は躊躇うこと無く一気に突き上げた。
「くっあ……。んっ。あっ、はぁっ」
 一度だけ大きく身体を仰け反らせると、腕を回して僕の背に爪を立てた。更なる刺激を求めて、大きな身体をくねらせる。
「このままだと、僕は戻れなくなりそうだよ。それとも、君はそれを望んでいるの?」
 僕の言葉に、何度も首を縦に振る。ように見えたが、ただ単に、彼は快楽に酔っているだけなのかもしれなかった。
 それでも。僕の動き一つ一つに反応を返す彼が愛しくて。彼の口から喘ぎ声が漏れる度、僕の口からは笑みが零れて行く。
 違う。堕ちて行くことを望んでいるのは、きっと僕自身。
 理解りきった答え。それを最後に、僕の中から僕自身の声が途切れた。
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