105.水(不二リョ)
「こう暑いと、水浴びでもしたくなるよね」
 ベンチに座ってファンタを飲んでいた俺に言うと、先輩は隣の空白を指差した。
「ここ、いい?」
「……駄目だつっても座るんでしょ」
「まぁね」
 クスリと微笑い、俺の隣ピッタリに座る。暑いから間隔を空けようと体をずらしたけど。先輩も一緒にずれてきてしまい、ベンチの隅で俺は行き場を失った。
「あっついねー」
 俺が動けなくなったのを確認すると、先輩は空を仰いで言った。その涼しげな横顔に、溜息をつく。
「アンタ、本当に暑いと思ってんスか?」
「思ってるよ。あー。あっつい」
 はたはたと、手を団扇のようにして扇いでみせる。でも、その手はジャージの中から伸びているもので。見つめる横顔には、汗ひとつない。ほんの少し前まで、ハードな練習をしてたっていうのに。
「……バケモノ」
「ん?何か言った?」
「何でもないっスよ」
 俺と眼を合わせようとする先輩から目を離し、一気にファンタを飲み干す。ゴミ箱に空缶を投げ捨てると、俺はベンチにも垂れた。
「あっぢー」
 シャツを掴み、2,3度扇ぐ。そんな俺を見て先輩は楽しげに微笑うと、立ち上がった。俺の前に回り、陰を作る。
「ねぇ、越前くん。水遊びしよっか」
「えっ?」
 見上げると、先輩は意地悪な笑みを浮かべて俺を見下ろしていた。ジャージのポケットから、何かを取り出して…。
「っ、めて」
 それが何かを確認するよりも早く、俺の顔に何かがかかった。
 ……これは、水?
「どう?少しは涼しくなったでしょ」
「……何なんスか、一体」
「水鉄砲。今日暑いって聞いたからさ。部活来る前に、駄菓子屋さんで買って来たんだ」
 水風船もあるよ。反対のポケットから真ん丸のそれを取り出すと、先輩は2,3歩後退った。ヤバイと思ったときにはもう遅くて。俺の足元は、割れた風船の中から飛び出した水でビショビショになってしまっていた。
「不二先輩っ」
「あはははは」
「『あはは』じゃないっスよ。どーするんスか。まだ、練習あんのにっ」
「悔しかったら、仕返ししてみれば?」
 今度はジャージ下のポケットから先輩が持っているのと色違いの水鉄砲を出すと、先輩はそれを俺に向かって投げた。
 アンタのポケットは四次元っスか。なんて呆れてると、顔面に先輩の第2波が当たった。
「っ…不二先輩っ!」
「ほら、越前くん。このままじゃ、君が濡れるだけだよ?」
 少しずつ後退りながら、それでも俺目掛けて水鉄砲を撃ち続ける。
「……んにゃろっ」
 すっかり濡れて顔に張り付いた前髪を掻き揚げると、俺は先輩に銃口を向けて引き金をひいた。
「おっと。残念」
 でも、寸でのところで避けられてしまって。
「なんかムカつく」
 呟くと、俺はもう一度先輩に向けて引き金をひいた。いとも簡単に俺の攻撃を避ける先輩を、もう一発、あと一発と狙っているうちに。気がつくと、俺も先輩もびしょ濡れになっていた。
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送