108.誰?(不二幸)
 真っ白い世界。何も無い世界。
「大丈夫?」
 独りきり佇む俺に、優しく微笑いながら手を差し伸べる。
 君は、誰?
「………っ」
 急激な覚醒。もう見慣れてしまった病院の天井が滲んでいる事に気付く。
 頬に手を当てると、涙が触れた。
 また、泣いていたのか。
 あの夢の所為だ。真っ白な孤独な世界で、成す術も無く佇んでいる俺に、手を差し伸べてくれる優しい笑顔。触れようと手を伸ばすが、その直前で彼は消えてしまう。俺に、笑顔だけを残して。その優しさが、取り残された俺を余計に孤独にさせる。戻ってくる静寂。その煩さに、気が狂いそうになって。叫び出した瞬間、目が醒める。
 もう何度繰り返し見たか知れない夢。悪夢なのかそうでないのかすら、俺には判らない。
 ただ一つ、判るのは。
「君の正体を知るまで。俺はこの夢を見続けなければならない」
 天井に手を伸ばし、ギュッと拳を握り締める。その先には、彼の笑顔。
 病院の廊下で一度だけすれ違ったその人は、ほんの一瞬の記憶にも関わらず、俺の心を徐々に支配している。
 『大丈夫?』
 夢の中では彼はそれしか言わない。俺はそれしか彼の言葉を知らない。
 激しく咳き込んで壁にもたれた俺に、そう言って優しく手を差し伸べてくれた。大丈夫。呟いて手を取った俺に、彼はただ微笑った。その時の笑顔と手の温もりが、いつまでも忘れられずに。
「君は、誰?」
 今度、夢で会ったら問いかけてみるか。例え返事が来なくても、現実で会った時の予行くらいにはなるだろうから。
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送